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「飲み込みにくい」は老化のせい? 70代からの“口の老い”に向き合う=訪問歯科医の視点から 最終更新日:2025/06/21

「飲み込みにくい」は老化のせい? 70代からの“口の老い”に向き合う
「食」での幸福感の実現、訪問歯科・口腔ケアの普及啓蒙を目的として、1つのテーマに対して、歯科医、管理栄養士、言語聴覚士がそれぞれの立場にて解説する新たな企画「在宅医療における食の幸福感を目指して」。
前回から年代別の予防について配信、6回目の今回は70代を対象に「70代からの“口の老い”に向き合う」と題して、歯科医の立場として、澁谷英介先生(澁谷歯科医院院長)により解説いただきました。
はじめに
70代。仕事をリタイアしてようやく時間にゆとりが生まれ、念願の趣味を楽しんだり、お孫さんの成長を見守るなど、これまでとは違った時間の流れを感じる時期です。その一方で、「寄る歳波には勝てないね」などという言葉も増え、「階段がつらくなった」「もの忘れが心配」「食が細くなった」といった体や心の変化に、ふと気づかされる年代でもあります。
そんな中見過ごされがちなのが、「食べる力」の変化です。人は年を重ねるにつれて、食べ物を飲み込む力=嚥下機能が徐々に衰えていきます。ですが、関節の痛みのように明確な症状がないため、「まだ大丈夫だろう」と思っているうちに、実は飲み込む力が弱まり、むせやすさ・食欲不振・誤嚥性肺炎といった重大な問題へつながっていくことがあります。
今回は、70代に多くみられる摂食嚥下障害の特徴と、その予防法についてお伝えします。
70代の口と喉はどう変わる?
70代では、身体的にも精神的にも老化が本格的に進行し始めます。それは「口」や「喉」の機能にもはっきりと現れてきます。
・舌の力が弱くなる
舌は、食べ物をまとめ、喉の奥へと押し込むための重要な筋肉です。しかし加齢により筋力が低下すると、食べ物をうまくまとめきれず、口の中に残ったり、飲み込みのタイミングがずれたりします。
・嚥下に必要な筋肉が衰える
嚥下には、のど仏を持ち上げる筋肉(喉頭挙上筋群)や咽頭収縮筋が関わっています。70代ではこれらの筋肉も徐々に衰え、飲み込む動きが弱くなり、誤嚥(食べ物が気道に入ってしまう)のリスクが高まります。
・感覚が鈍くなる
加齢に伴い、喉の感覚が鈍くなることで、むせたり、誤嚥したりしても気づきにくくなる現象(サイレントアスピレーション)が起こりやすくなります。自覚がないまま肺に食べ物が入り込み、誤嚥性肺炎を繰り返している方も少なくありません。
・「なんとなく食が細い」は要注意
「年を取ったから食が細くなった」とよく言われますが、それは単なる嗜好の変化ではなく、噛む・飲み込むことへの不安や、実際の嚥下機能の低下による可能性もあるのです。
・「まだ大丈夫」ではなく「今こそ始める」嚥下予防
70代の嚥下障害の特徴は、「少しずつ、でも確実に進むこと」。だからこそ、明らかな不自由が出る前に、今の機能を守るためのケアを始めることがとても大切です。
70代からでも無理なくできる予防法
1. よく噛む食事を「やめない」
「硬いものは喉に詰まるから危ない」と、食べるものをやわらかいものばかりに変えてしまう方がいますが、これは誤解です。やわらかい食事ばかりでは、咀嚼力や嚥下力がどんどん低下してしまいます。
・例えば、ごぼう・れんこん・こんにゃくなどの“噛む”食材を、ひと口サイズで取り入れる。
・食材の固さだけでなく、調理法で調整(煮る、蒸すなど)して噛み応えを保つ。
・食事の時間をゆっくり取り、ひと口30回以上噛むよう心がけましょう。
2. 毎日の体操で「飲み込む力」を鍛える
嚥下に関わる筋肉は、日常生活のなかでも鍛えられます。
あいうべ体操:口を大きく「あ・い・う・べ」と動かす体操。口唇・頬・舌・喉の筋肉に刺激が入ります。
パタカラ体操:発声を通して舌の動きを高める体操。早口で「パパパ…タタタ…カカカ…ラララ」と繰り返します。
首回し・肩上げ下げ:喉の筋肉と連動する姿勢筋をほぐすことで、嚥下動作を助けます。
3. 唾液を増やす工夫をする
70代では唾液の分泌量が減りがちです。唾液には食べ物を飲み込みやすくするだけでなく、口腔内の清潔を保つ働きもあります。
唾液腺マッサージを朝晩の日課に
水分補給をこまめに(1日1.5Lを目安に)
・乾燥を防ぐために口呼吸を控え、鼻呼吸を意識
また、口の中の乾燥が強い場合は、歯科で保湿ジェル唾液代用スプレーを処方してもらうのも有効です。
4. 自分の嚥下状態を「見える化」する
症状があっても「歳のせい」と思って放置されがちな嚥下障害ですが、評価できるツールや医療体制は整っています。
・自宅でできるチェックリスト(例:EAT-10)で自己評価
・歯科や嚥下外来でのスクリーニング
・必要に応じて、嚥下内視鏡(VE)や嚥下造影(VF)検査
早期に評価を受ければ、リハビリや食事の調整、口腔ケアの強化など、軽度の段階での対策が可能になります。
5. 定期的な歯科受診を習慣に
「歯がないから歯医者に行く必要はない」と思っていませんか? 実は、義歯の不具合、歯茎の状態、舌の動き、口腔清掃の状況など、歯の有無に関係なく口腔機能のケアが不可欠です。
・義歯の調整は「噛む」「話す」「飲み込む」すべてに影響
・定期的な専門的口腔ケアで、細菌の増殖や誤嚥性肺炎を予防
・舌や頬の筋力チェック、口腔体操の指導も受けられる
地域によっては、歯科医院と医療機関、栄養士、言語聴覚士が連携して多職種での食支援を行っているケースもあります。
モデル患者事例
佐藤和子さん(76歳・女性)
夫と二人暮らし。10年前に高血圧と糖尿病の診断を受け、現在も内服治療中。最近は運動機会が減り、週1回の買い物以外は家の中で過ごすことが多い。元々料理好きだったが、1年前に腰を痛めてからキッチンに立つ時間が減り、調理も簡便になっている。
ここ数ヶ月、食事中にむせる回数が増え、「のどに引っかかる感じ」が気になって食事の量も減ってきた。夫には「歳のせいだろう」と言われるが、和子さん自身は「飲み込みが怖い」「食べるのが億劫」と感じている。
  起こっている困りごと  
1. 食事中にむせる、飲み込みづらい
→ ごはん粒や汁物でむせることが増え、食事が怖くなっている。食後に咳き込みが長引くこともある。
2. 食事量の低下と体重減少
→ むせの不安から食が細くなり、半年で3kg体重が減った。間食も減り、全体の栄養バランスが崩れ気味。
3. 夫との食事が楽しめない
→ 食事中にむせることへの不安や恥ずかしさから、会話も減り、食卓が静かになった。
  日常の対処法  
1. 食事姿勢の調整
→ イスに深く腰掛け、背筋を伸ばしてやや前屈姿勢に。顎を軽く引いた姿勢を取ることで、喉の飲み込みが安定し、誤嚥を防ぐ。
2. 一口量を減らし、ゆっくり食べる
→ ひと口をスプーン1杯程度にし、口に入れたらしっかり噛んでから飲み込む。焦らず、呼吸のリズムに合わせる。
3. とろみの活用
→ 味噌汁やお茶などの液体に市販のとろみ剤を使うことで、誤嚥しにくくなる。とくに食後の薬の服用時にも有効。
4. 食事前の嚥下体操
→ 「あ・い・う・べー体操」や首回し、深呼吸などで喉・舌の筋肉を目覚めさせ、飲み込みをスムーズに。
5. 歯科・嚥下外来での評価とアドバイス
→ 歯科で義歯の調整や咬合チェック、必要に応じて嚥下スクリーニング(EAT-10など)を受け、医療的な支援につなげる。
佐藤さんのように「ちょっとしたむせ」「なんとなくの食欲低下」がある方は、摂食嚥下障害の初期サインかもしれません。70代は、「まだ大丈夫」のうちに専門的な目で状況を見つめ直すことが、将来の誤嚥や低栄養を防ぐ第一歩になります。
まとめ:70代は「口の養生」の分かれ道
70代は、口の機能が「維持できるか」「急激に衰えるか」の分かれ目にあたる年代です。いま食べられているからといって安心せず、これからの10年をどう食べていくかを見据えたケアが必要です。
口から食べることは、命をつなぐだけでなく、生きる喜びそのもの。「むせるのは歳のせい」ではありません。
「もう衰えたから」とあきらめるのではなく、「まだ今のうちに守れる」と考えることが、これからの自分を大切にする第一歩です。
関連リンク:
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執筆:
澁谷 英介(しぶやえいすけ)
澁谷 英介(しぶやえいすけ)
澁谷歯科医院 院長
〒173-0013 東京都板橋区氷川町11-8
TEL:03-3961-0205