板橋区・北区を中心に在宅医療を支える蒔田先生|耳鼻咽喉科の経験を活かした嚥下障害ケア 最終更新日:2025/09/16

経済学部卒業後に医学部を再受験し、耳鼻咽喉科で研鑽を積んだ異色の経歴を持つ蒔田先生。現在は板橋区の「ななみ在宅診療所」院長として、嚥下障害をはじめ在宅医療全般を幅広く診療。地域密着のきめ細やかな医療と多職種連携で、患者と家族の生活を豊かに支える実践と理念を紹介します。
社会人から医師へ。異色の経歴が紡ぐ、患者に寄り添う原点
— 医師を目指す前は、一般企業で働いていたそうですね。
はい。大学の経済学部を卒業後、一般企業に就職しました。ただ、学生時代から「自分は将来何をしたいのか」という明確なビジョンがないまま、なんとなく社会に出たという感覚でした。社会人になってもその想いは拭えず、日々を過ごす中で「このままでいいのだろうか」「本当にやりたいことは何だろう」と、ずっと悶々としていましたね。
— なぜ、安定した社会人生活から、改めて医師への道を選んだのでしょうか?
人生をかけて打ち込める手に職を身につけたいという思いが日に日に強くなっていきました。もともとスポーツが好きで、トレーニングなどを通じて人の身体の仕組みに興味を持っていました。その興味を仕事に活かせないかと考えたとき、理学療法士などいくつかの選択肢がありましたが、人の身体と人生に最も深く、長く関わることができるのは医師ではないかと思ったのです。そこから、会社を辞めて医学部を再受験するという大きな決断に至りました。

— 再受験を決意された時、不安はありませんでしたか?
正直なところ、当時は「自分はできるだろう」という不思議な自信がありました(笑)。それだけ「今の状況を変えなければならない」という思いが強かったのだと思います。もちろん、当時の社長からは「そんなの無理だよ」と言われましたし、客観的に見れば無謀な挑戦だったかもしれません。しかし、もしここで挑戦しなかったら、一生後悔する。その一心で前に進みました。
— 医師になってからは、どのようなキャリアを歩まれたのですか?
琉球大学の医学部に入り直し、卒業後は千葉大学の耳鼻咽喉科・頭頸部外科に入局しました。そこには本当に情熱的な先生方が多く、大きな影響を受けましたね。大学病院では、12時間、14時間にも及ぶような大きな手術が日常茶飯事で、手術が終わった後も患者さんの術後管理で深夜まで病院にいることも珍しくありませんでした。体力的にハードな日々でしたが、外科医としての技術と精神力を徹底的に鍛えられた、非常に貴重な経験だったと感じています。
— なぜ、多忙な大学病院の外科医から、在宅医療の世界へ進まれたのですか?
当時大学病院での臨床に加えて大学院での研究もしていましたが、大学院卒業後に結婚したことが大きな転機でした。それまでの働き方では、どうしても家族との時間が犠牲になってしまう。ワークライフバランスを考え、一度耳鼻咽喉科のクリニックで外来中心の勤務に切り替えました。しかし、3年ほど経つと、今度は耳・鼻・喉といった局所的な診療だけでなく、再び患者さんの全身を総合的に診る医療に携わりたいという思いが強くなってきたんです。
— 初めて在宅医療の現場に立った時、病院との違いに戸惑いはありましたか?
はい、最初は戸惑いの連続でした。転職サイトで偶然見つけた「しろひげ在宅診療所」で在宅医療を始めたのですが、病院とは全く違う環境に驚きました。特に、病院では各診療科の医師の協力も得ながら行っていた患者さんの診断や方針を一人で判断しなければならなかったり、患者さんご本人だけでなく、ご家族との密なコミュニケーションが求められたりする点には苦労しましたね。ある時、患者さんの褥瘡の処置に集中するあまり、ご家族への説明が不足してしまい、主治医交代のご要望をいただいたこともありました。この苦い経験を通じて、在宅医療は医学的知識はもちろんのこと、患者さんとご家族の心に寄り添う姿勢が何よりも大切だと痛感しました。経験豊富な看護師さんを始め、スタッフの皆さんが本当に親身にサポートしてくださり、そのおかげで多くのことを学び、乗り越えることができたと思っています。
人と社会を豊かにする「ななみ在宅診療所」の誕生
— しろひげ在宅診療所でのご経験を経て、開業を決意されたきっかけは何だったのでしょうか?
50歳という年齢が近づくにつれて、再び「このままでいいのか」という思いが湧き上がってきました。これまでは、どちらかというと与えられる側、サポートされる側でキャリアを積んできましたが、人生の後半は、自分が主体となって何かを「与える側」になりたいと強く思ったのです。後悔しない生き方をするために、自分の理想とする医療を自分の手で創り上げたい。その思いが開業へとつながりました。
— 開業地として板橋区を選ばれたのには、特別な理由があったそうですね。
当初は、以前住んでいた江戸川区での開業を考えていました。しかし、在宅医療の要である緊急往診を考えたとき、自宅から遠い場所では迅速な対応が難しい。自宅を移すことも現実的ではなかったので、自宅から通える範囲で場所を探し直しました。その中で浮上したのが、この板橋区なんです。実は、私の義父が板橋区でクリニックを開業しており、まさにこの場所は、そのクリニックの2階になります。不思議なご縁を感じ、この地で地域医療に貢献することを決意しました。

— 「ななみ在宅診療所」という名前の由来を教えてください。
開業を考える中で、ある時、何気なく見ていたYouTubeに出ていらした仏教の和尚さんのお話しに感銘を受けました。「より良く生きて、そして幸せになる」ということをベースにお話をされている中で、「日常五心(にちじょうごしん)」という教えを知りました。これを理念の核に据えたいと思いましたが、「ごしんクリニック」では語感が良くないと思いまして(笑)。そこで、七福神やラッキーセブンなど縁起の良い「七」という数字にちなみ、さらに「明朗(めいろう)」と「同事(どうじ)」という2つの心を加えて「七つの心」、つまり「ななみ」と名付けました。

— クリニックの理念に「豊かさ」という言葉を掲げた経緯は何なのでしょうか?
これも尊敬する経営者の方の受け売りなのですが、「幸せ」は主観的な感情であるのに対し、「豊かさ」はもっと客観的で、他者にも与えることができる普遍的な価値だと考えています。患者さんやご家族の生活が豊かになることはもちろん、共に働くスタッフの人生も豊かになってほしい。そして、クリニックの存在が地域社会を豊かにすることに貢献できれば、これほど嬉しいことはありません。その思いを「在宅医療を通じて人と社会を豊かにする」という理念に込めました。
— クリニックの診療体制と訪問エリアについて、具体的に教えていただけますか?
現在のチームは、私(医師)、看護師、訪問時の運転を専門に行うドライバー、そして事務スタッフの4名体制で動いています。訪問エリアについては、クリニックのある板橋区と、隣接する北区は全域をカバーしています。その他、一部の地域として豊島区、練馬区、そして埼玉県の戸田市と川口市にもお伺いしています。患者さんの内訳としては、やはり土地勘のある板橋区と、豊島区にお住まいの方が多いですね。

— 診療の特長として、先生の専門である耳鼻咽喉科の知識はどのように活かされていますか
基本は内科疾患を中心に全身を診る総合的な診療ですが、やはり耳鼻咽喉科医としての経験は大きな強みになっています。特に在宅の現場で問題となるのが、飲み込む力が衰える「嚥下障害」です。当院では、嚥下機能評価を行い、患者さんが安全に食事を続けられるよう専門的な立場からサポートする部分に力を入れています。少しでも長く、ご自身の口から食べる楽しみを維持していただくことが、生活の質(QOL)の向上に直結すると考えています。
— 現在の患者さんの状況や、今後の成長戦略についてお聞かせください。
現在は、がんの終末期の方、神経難病の方、そして最も多いのが高齢で認知症や廃用症候群を抱えていらっしゃる方です。今は、クリニックの理念をスタッフ全員で共有し、質の高い医療を提供できる組織としての土台をしっかりと固める時期だと考えています。その上で、3年後には180人ほどの患者さんを継続的に診られる体制を築くのが目標です。そのためには、同じ志を持つ医師やスタッフの採用が不可欠ですし、皮膚科や精神科など、在宅でニーズの高い他の専門科の先生方との連携もさらに深めていきたいですね。
「全体を診る」在宅医療の未来
— 先生が今、在宅医療の現場で感じている課題は何でしょうか?
やはり在宅医療の認知度が、一般の方々だけでなく、病院で働く医療従事者の間でもまだ十分ではないという点です。「在宅医療を始めると、今までかかっていた大学病院の治療はもう受けられないのでは?」といった誤解をされている方も少なくありません。実際には、病院の専門的な治療と並行して、ご自宅での日常的な健康管理を私たちがお手伝いする「併診」が可能です。この点の理解を広めていくことが大きな課題だと感じています。
— 課題解決のために、どのような情報発信が必要だとお考えですか?
これからは、SNSなどを積極的に活用して、分かりやすく情報発信していく必要があると考えています。特に、患者さんを支えるご家族は、インターネットで情報を検索される方が非常に多いです。在宅医療とは具体的に何をしてくれるのか、どのようなメリットがあるのか、病院との連携はどうなるのか、といった疑問に対して、正確で安心できる情報を届けていきたいですね。

— 最近は在宅医療も専門分化が進んでいますが、先生が目指すのはどのような医療ですか?
時代の流れに逆行しているかもしれませんが、私は「一人の主治医が、責任を持って患者さんの全体を診る」というスタイルを大切にしたいと考えています。最近は在宅医療でも専門分野に特化した大規模なクリニックが増え、複数の専門医が一人の患者さんに関わるケースも増えています。その流れは続くと思いますが、一方で、専門分野が細分化されることで、かえって「病気は診るが、その人の生活や人生は見えにくくなる」という弊害も生じかねません。
— なぜ今、その「一人の主治医が全体を診る」というスタイルが重要だと考えられたのでしょうか?
在宅医療の対象となる患者さんは、複数の病気を抱えていることがほとんどです。さらに、ご自宅での療養生活は、病気だけでなく、ご家族との関係、住環境、経済的な問題など、実にさまざまな要素が複雑に絡み合っています。それら全てを包括的に捉え、生活全体を支える視点を持つことが、患者さんの本当の「豊かさ」につながると信じています。その上で、必要に応じて各分野の専門医と的確に連携していく。そのハブとなるのが、私たち在宅主治医の最も重要な役割だと考えています。
地域のパートナーとして、信頼されるクリニックであるために
— 地域との連携において、先生が最も大切にされていることは何ですか?
「信頼関係」に尽きると思います。在宅医療は、私たちクリニックだけで完結するものでは決してありません。地域の基幹病院や専門クリニックの先生方、日々のケアを担ってくださるケアマネジャーさんや訪問看護ステーションの方々といった関係職種との緊密な連携があって初めて成り立ちます。そうした方々から「ななみさんに任せれば安心だ」と思っていただける存在になることが、何よりも重要だと考えています。
— 地域からの信頼を得るために、具体的にどのようなことを心がけていますか?
特別なことではありませんが、日々の地道な積み重ねが大切だと思っています。例えば、診療日の朝はクリニックの前を掃除するのもその一つです。医療だけではない地域の一員としての姿勢を持つことが大事だと考えています。診療においては、医学的な正しさは当然として、患者さんやご家族、連携先の方々との「人と人」としてのコミュニケーションを大切にし、一つひとつの約束を誠実に守っていく。その繰り返しが信頼につながると信じています。

— 在宅医療の導入をためらう方も一定数いる可能性もありますが、その点についてはどうお考えでしょうか?
それは全く心配ありません。病院での専門的な治療と、私たちの訪問診療を両立させる「併診」は非常に一般的な形です。むしろ、病院の先生と私たちが連携し、患者さんの情報を共有することで、よりきめ細やかで安心な医療を提供することが可能になります。「病院に通うのが大変になってきた」「自宅での生活に少し不安がある」と感じたら、まずは相談だけでも結構ですので、お気軽にご連絡いただければと思います。
— 最後に、改めて地域の皆様へメッセージをお願いします。
私たちは、この板橋という地域にしっかりと根を下ろし、皆様にとって身近で、何でも相談できる存在でありたいと願っています。病気のことだけでなく、ご自宅での療養生活における不安や悩み、ご家族の介護のことなど、どんな些細なことでも構いません。皆様の生活が少しでも豊かになるよう、チーム一丸となってサポートさせていただきます。
ななみ在宅診療所

蒔田勇治院長のプロフィール
経歴:
千葉県茂原市生まれ
1998年 慶應義塾大学経済学部卒業し、一般企業に勤務
2007年 琉球大学医学部医学科卒業
2007年 千葉大学医学部附属病院にて初期研修
2009年 千葉大学医学部附属病院をはじめ、千葉県内の総合病院に勤務
2011年 千葉大学大学院医学薬学府にて、がんの免疫治療に関する研究に携わり、博士課程修了
2017年 クリニック院長(江戸川区)
2020年 しろひげ在宅診療所(江戸川区)
2025年 ななみ在宅診療所を開院
千葉県茂原市生まれ
1998年 慶應義塾大学経済学部卒業し、一般企業に勤務
2007年 琉球大学医学部医学科卒業
2007年 千葉大学医学部附属病院にて初期研修
2009年 千葉大学医学部附属病院をはじめ、千葉県内の総合病院に勤務
2011年 千葉大学大学院医学薬学府にて、がんの免疫治療に関する研究に携わり、博士課程修了
2017年 クリニック院長(江戸川区)
2020年 しろひげ在宅診療所(江戸川区)
2025年 ななみ在宅診療所を開院
資格・学会:
日本耳鼻咽喉科学会専門医
在宅褥瘡管理者
認知症サポート医
認定ONP(オーソモレキュラー・ニュートリション・プロフェッショナル)
緩和ケア研修終了
千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了
日本在宅医療連合学会
日本褥瘡学会
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
日本臨床漢方医会
日本耳鼻咽喉科学会専門医
在宅褥瘡管理者
認知症サポート医
認定ONP(オーソモレキュラー・ニュートリション・プロフェッショナル)
緩和ケア研修終了
千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了
日本在宅医療連合学会
日本褥瘡学会
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
日本臨床漢方医会
訪問診療を始める前に知りたいこと
Q1. 在宅医療とはどのようなものですか?
A. 在宅医療とは、ご自宅で療養されている方に対して、病院だけでなく医師や看護師が訪問して診療・ケアを行う医療のことです。病院での専門治療と併用(併診)が可能で、日常の健康管理や生活上のサポートも含みます。記事では、ご自身の家で暮らしながら医療を受けたいという方に向け、「病院へ通うのが困難になる前からの相談」も勧められています。
Q2. 嚥下障害ケアとは何をするものですか?
A. 嚥下障害ケアは、「飲み込む力」の低下した方に対して、安全に食事ができるように支援する医療サービスです。具体的には嚥下機能の評価を行い、リハビリテーションや食べ物・飲み物の形態調整、環境調整などを通して、口から食べる楽しみとQOL(生活の質)の維持を目指します。蒔田先生は耳鼻咽喉科出身であることから、この分野に専門性を持って対応されています。
Q3. 診療所が訪問可能なエリアはどこですか?
A. 「ななみ在宅診療所」の訪問エリアは、板橋区・北区を中心に、豊島区・練馬区、そして埼玉県の戸田市・川口市の一部も含まれます。地理的な制約や距離の関係で訪問できる範囲が定められており、地域密着を意識されています。
Q4. 在宅医療と病院での診療は併用できますか?
A. はい、できます。記事では在宅医療をためらう方に対し、「病院での専門治療と在宅診療を両立する併診」が非常に一般的な形であると説明しています。病院との連携を図ることで、安心して在宅医療を受けられる体制を整えることが可能です。
Q5. 在宅医療を受ける際、どのような診療体制で対応されていますか?
A. 「ななみ在宅診療所」では、院長医師、看護師、訪問ドライバー、事務スタッフで構成するチーム体制で動いています。専門性として耳鼻咽喉科の知識を活かした嚥下機能の評価・ケアも行っています。また、今後は医師・スタッフの増員や、皮膚科・精神科などの他専門科との連携を強めることで、より広範なニーズに応えようとする戦略を持っています。
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