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【PICK UP!若手経営者 006】株式会社Grit 内田祐介代表 最終更新日:2025/01/05

【PICK UP!若手経営者 006】株式会社Grit 内田祐介代表
在宅医療界の若手経営者へのインタビュー企画「PICK UP!在宅医療界の若手経営者」の第6回目は新たな自由診療の看護サービスとして2023年4月に「Grit」を創業された看護師内田祐介代表です。展開している2つの事業の「外出・旅行同行サービス」「民間救急事業」の特長、新たな看護にかける思いを熱く語っていただきました。
進路に悩んだ高校生が選んだ看護師という道
— 高校3年生のとき、進路として看護師を選んだそうですね。
私の出身は東京都東村山市で、高校も東京で過ごしました。当時、大学進学について担任の先生から『職業を意識して進路を決めたほうがいい』と言われたんです。それまで私は建築やデザインなどに興味があり、理系のコースに進んでいました。でも、ちょうどその頃、建築業界で耐震偽装問題が話題になり、その影響で手に職をつける他の職業についても考え始めました。担任の先生がさまざまな職業を提案してくれたんです。
私は小学生から高校までずっとバスケットボールをしていて体力面には自信があったので、体力と知識、技術を生かす看護師という選択肢に興味を持ちました。男性看護師が少ない中で、自分がそこに挑戦するのも面白そうだと感じました。高校3年の夏に専門学校や大学のオープンキャンパスに参加しました。いろんな選択肢がある中で、東京医療保健大学のAO入試を受けることにしました。
「新しい時代のニーズに対応した看護師及び保健師の養成」「教育環境を活かした、医療現場におけるチーム医療の中核として活躍できる人材の育成」及び「看護師に必要不可欠な幅広い人間観を有する専門職の養成」に力を入れておりその当時とても高い倍率でしたが合格することができました。
— 大学時代はいかがでしたか。
大学生活の4年間は、看護の知識と技術を徹底的に学ぶ時間でした。特に看護実習は、座学とは異なる緊張感と学びの場でした。看護実習は1年次から始まり、学年が上がるごとに徐々に内容が高度になっていきました。1年次では基礎的な内容を学び、2年次以降は病院や地域の保健所、訪問看護ステーションなど多様な現場で実践を重ねました。
保健師実習では、保健所で地域住民の健康増進に携わる活動を経験しました。私がお世話になった豊島区では、HIVやSTDの予防や支援といった地域特有の課題に取り組む現場を目の当たりにしました。
看護実習の中で特に印象に残っているのは、指導者との関わりです。当時は今と比べて指導方法が厳しい部分もあり、プレッシャーを感じる場面も多々ありました。しかし、その中で「自分の考えを相手に伝え、チームとして協力する力」が養われました。患者さんの小さな変化に気づくための観察力も、この実習の中で培った重要なスキルです。
この4年間の学びを活かして挑んだ国家試験は、残念ながら不合格という結果に終わり、初めて大きな挫折を経験しました。卒業後は1年間浪人生活を送り、アルバイトをしながら気持ちを整える時間となりました。大学時代から続けていた飲食業のアルバイトでは、人と深く関わる接客業の楽しさを実感しました。医療の現場で患者さんと向き合うのも、人と人との繋がりを大切にする接客業の延長線上だと感じ、看護師としての志を改めて確認するきっかけにもなりました。
そのような中で訪れたのが、運命的な出会いです。アルバイト先に日本医科大学附属病院の人事部長が偶然来店し、酔いの勢いで「お兄ちゃん、何してるの?」と声をかけられたのです。私は、「次の挑戦に向けて準備中です」と伝えました。それを聞いた人事部長が、「名前と住所と電話番号を書いて」と箸置きを差し出してきたので、私は情報を書き込みました。
翌日、速達で届いた書類は、日本医科大学附属病院の採用案内でした。「これは縁だ」と思わせるほどの驚きと運命を感じさせるもので、迷わず応募し、国家試験に再挑戦する決意を固めました。アルバイトの繁忙期と重なる中、懸命に勉強に打ち込み、国家試験に合格。就職先として日本医科大学附属病院が正式に決まりました。
大学での実習経験から浪人生活、そして就職までのこの一連の出来事は、私にとって人生の転機であり、医療の道に進む覚悟を再確認する貴重な機会となりました。特に、実習を通じて培った観察力やコミュニケーション力は、今でも仕事を支える大切な土台です。この道を歩むきっかけを与えてくれた人事部長とそのチームには、感謝の気持ちを忘れたことはありません。
大学時代のアルバイトにて
看護師としての第一歩から救命センターへの挑戦
— 看護師としてのキャリアはどこからスタートされたのですか?
最初に配属されたのは内科の病棟でした。神経内科や腎臓内科、老年内科の病棟で3年間勤務しました。そこで、神経難病や自己免疫疾患などを抱える患者さんを多く担当し、急変対応が頻繁に求められる環境だったんです。この経験を通じて、患者さんの状態を予測し、医師と連携できる看護師を目指したいと考えるようになりました。
当時、同期の医師から『急変予測や臨床推論、医師との連携は救命に行けば学べる』と言われたことも後押しになり、異動を決意しました。救命センターへの希望は入職当時より考えていましたが、人気がありましたので異動は簡単ではありませんでした。上司に高度救命救急センターで働きたい理由を説明する機会を作り続け、4年目に救命センターへの異動が決まりました。
— 高度救急救命センターの10年間でどのような経験をされたのですか?
最初は毎日悔し泣きの日々でした。何もわからず、先輩から厳しい指導を受けることも多かったです。それでも『救命でやっていく』という決意だけは揺るぎませんでした。10年間、ひたすら学び、経験を重ねていったおかげで今の自分があると感じています。
高度救急救命センターは、約50床の病棟に看護師が100人以上が在籍しており、初期対応から重症集中管理を行う集中治療室(以下ICU)、HCUと自己完結型の救命センターにて東京消防庁からの救急患者さんや、都内を中心とした2次救急病院から年間約1600~1800人の重症救急患者を受け入れている場所で、救急といえば外傷・蘇生・災害。そんな場所で長年にわたり看護師として働いておりました。
満遍なくどの業務も好きでしたが、特に重症集中管理をICUで行うことに魅力を感じました。状態が最も悪い患者さんを回復に向かうまでの立ち上げを担う治療やケアに携わることはやりがいが大きかったです。ただ、それだけではなく、救急や災害対応の分野にも興味を持ち、東京DMAT(災害派遣医療チーム)の資格を取得しました。
救命センターの10年間は悔しい思いをした時もありました。言われることがわからず、昔の厳しい体制の中だったので『わからないならやらないで』と突き放されることもありました。でも、厳しい環境だからこそ、学べることが多かったです。患者さんの命を守るために全力で取り組む日々の中で、いつしか自分なりの専門性を磨き、自信を培ったと思います。10年間ひたすら学び続け、現場で得た経験が今の自分を支えていると感じます。この経験を糧に、さらに看護の道を追求していきたいと思い続けています。
日本医科大学附属病院時代、同僚とともに(中央が私)
— 起業のきっかけとなるエピソードがあれば教えてください。
「娘の小学校の入学式にどうしても行きたいんです。」
ある日の夜勤時に、リーダーをしていた私は40代の男性患者からこう声をかけられました。その患者は高速道路での事故により、片足を失うかもしれない深刻な怪我を負い、長期入院を余儀なくされていました。彼には妻と幼い娘がいました。娘の晴れ舞台を見届けたい、その切実な想いをベッドサイドで涙ながらに語る姿に、私の心は揺さぶられました。
「病院内でできる最大限のケアをしても、外の世界で叶えたい患者さんの願いに手を伸ばせない現実があったんです。」
私は、その時初めて、医療機関の枠を超えて患者に寄り添う方法を模索し始めました。その男性は義足をつけ、リハビリを経て再び病院を訪れた際に元気な姿を見せてくれましたが、同じような「叶わぬ願い」を抱える患者は後を絶ちませんでした。
たとえば、余命宣告を受けた患者が「もう一度、思い出の地に行きたい」と語ることもあれば、病室で静かに親孝行できないことを悔いる若い患者の声もありました。医療の中でできることと、患者の心が本当に望むことと、その間に横たわる大きな溝を埋めることができないかと思案を巡らせ、看護の力でその想いに応えようと、創業を決意しました。
株式会社Gritについて
— Gritではどのような事業を行っていますか。
私たちGritの事業は、大きく分けて2つの柱があります。ひとつは医療搬送サービス、もうひとつは外出や旅行の同行支援です。この2つを通じて、医療と生活の間にあるギャップを埋めることを目指しています。
まず、医療搬送サービスについてですが、こちらは病院から病院への移動や、自宅から医療機関への移動など、主に医療機関の退院調整をされているソーシャルワーカーさんや看護師さんから依頼をいただいています。また、東京民間救急コールセンターを通じての依頼が来ることもあります。医療搬送では、たとえばストレッチャーでの搬送が必要な方や、酸素投与や人工呼吸器が必要な患者さんなど、医療依存度が高い方々の移動をお手伝いしています。看護師としての経験を活かして、必要な医療ケアをしながら安全に目的地までお連れすることができます。
外出や旅行の同行支援は、患者さんやそのご家族からの直接のご依頼や、緩和ケアなどを行っている医療機関からのご紹介が中心です。たとえば、『思い出の地に行きたい』、『家族との旅行に行きたい』という願いを叶えるために、私たちは医療ケアを提供しながら安全にサポートしています。これまでに山口から栃木、東京から鹿児島、さらには東京から秋田など、全国各地のご依頼に対応してきました。移動距離や期間に制限は設けていませんので、患者さんのご希望に寄り添いながら対応しています。
患者さんのご自宅にて
現在の業務比率は、医療搬送サービスが全体の8割、外出や旅行の同行支援が2割程度です。どちらも患者さんやご家族にとって安心して利用できるサービスを目指しています。すべて自費でのサービス提供となりますが、身障者手帳の使用やケアマネージャーさんがケアプランに組み込むことで自治体のタクシー券を利用できるなど一部割引を行える場合もあります。
創業当初は本当に手探りの状態で、許認可を取るまで半年かかりました。その間は営業活動に力を入れ、医療機関や有料老人ホームを1件1件回ってサービスを知っていただきました。営業の経験はゼロからのスタートでしたが、少しずつご依頼をいただけるようになり、今では全国各地からのお問い合わせにも対応しています。
私たちが大事にしているのは、患者さんやご家族が『叶えたい』と思う希望を支え、安心して生活の一歩を踏み出せるようにすることです。医療と生活のつなぎ手として、これからも一歩一歩進んでいきたいと思っています。
— Gritの抱える課題と注力ポイントについて教えてください。
課題の一つは価格競争です。依頼元である医療機関や介護施設が複数の事業者に見積もりを依頼するため、価格面で競争力を求められるケースが増えています。また、認知度の向上がまだ十分ではなく、サービスの質の高さや看護師が直接関わる安心感が正当に評価されにくい状況です。
注力しているのは、SNSを活用してサービスの魅力を発信することです。他の事業者が主に業務内容を投稿しているのに対し、私たちは利用者や家族の感想、成功体験を写真やエピソードで伝えることで共感を得る戦略をとっています。また、看護師としての視点を活かし、従来の医療搬送業務だけでなく、在宅サービスや訪問看護事業への展開も視野に入れています。将来的には「看護×〇〇」をテーマに、新たな事業アイデアを追求していく予定です。
— 今後の取り組みについておしえてください。
『看護はたのしいをつくる』という理念を掲げ、子どもから大人までがわくわくする気持ちを楽しんでもらいたいという思いや、あえて平仮名にすることで一人一人がそれぞれのイメージする『たのしい』を体現できる会社にしていきたいと考えています。
また共に働く看護師がやりがいを感じられる仕事環境を構築することを目指しています。その一環として、訪問看護ステーションの立ち上げを計画しており、これに伴う人員の増強も検討しています。また、観光分野と医療ケアを結びつけた新規事業や、観光系のビジネスコンテストへの参加(令和6年観光クロスオーバービジネスコンテストにおいて観光庁長官賞受賞)など、より広範な分野への進出を進めています。
現在、車両は救急車規格のものと福祉車両の計2台を保有し、4名の看護師が中心となって事業を運営しています。事業規模拡大に伴い、看護師や事務スタッフの増員を計画し、さらなるサービス拡充を目指しています。
Gritの挑戦は始まったばかりです。「1件1件を大切に」という姿勢で、質の高いサービスと利用者の満足を追求し、信頼と実績を積み上げていきます。
現状の課題と目指す未来像、そして患者さんへの想い
— 在宅医療看護師としての課題と展望を教えてください。
近年、在宅医療の現場で活躍する看護師の数が徐々に増えてきました。在宅医療を選択する患者さんやそのご家族が増える一方で、現場ではさまざまな課題に直面しています。
若い世代でも在宅医療に興味を持つ看護師が増えてきています。ただ、その一方で、ニュースなどで取り上げられる課題もあります。病院とは異なり、在宅では生活そのものが医療と密接に結びついているんです。その中で、質の高いケアを安定して提供できる体制がまだ十分に整備されていないと感じています。在宅医療における課題は「生活と医療の融合」です。
さらに、高齢化社会に突入している日本においては、在宅医療サービスの充実が急務です。医療の質を担保する取り組みが進むと同時に、日本の社会構造に合った在宅医療サービスを増やしていくことが重要です。
— 新しく切り開く未来像を教えてください。
医療の世界もどんどん変わってきています。それに対応するためには、自分たちも変化を恐れず、新しい成長の機会を取りにいくことが大切だと思います。
また、『看護師自身が仕事を楽しむこと』が大切です。変化の激しい医療現場で働く中でも、看護そのものを楽しみながら向き合う姿勢が、患者さんにより良いケアを提供する基盤となると考えています。
さらに、医療機関を離れた在宅医療の現場では、看護師が多職種と連携しながら、安心・安全なケアを提供できる仕組みが求められます。「これからも患者さんやそのご家族の生活に寄り添いながら、新しいサービスを一緒に作り上げていきたい」と強く思っています。
— 患者さんへ向けたメッセージをお願いします。
「私たちGritのサービスは、安心と安全を提供するだけでなく、患者さんが自分の可能性に気づき、達成感を得る手助けをするものだと思っています。外出をためらっている方や、新しい一歩を踏み出したいけれど迷っている方に、ぜひ私たちのサービスを利用してほしいです。」
ひとりひとりの人生が心の底からたのしいと思えるようにサービスを通して共に創る。
一度の挑戦が、次の計画や目標につながることを信じています。初めの一歩は小さくても大丈夫です。その一歩が未来の自分に繋がることをお手伝いします。必ず満足させます!
 
プロフィール:
内田祐介(うちだゆうすけ)
内田祐介(うちだゆうすけ)
株式会社Grit 代表取締役
経歴:
2010年 東京医療保健大学医療保健学部看護学科卒業
2011年 日本医科大学付属病院
2014年 高度救命救急センターへ異動
2023年 日本医科大学付属病院退職
2023年4月 株式会社Grit創業