【PICK UP!在宅医療機関 017】むさし国分寺訪問看護ステーション 冨永久美恵代表 最終更新日:2025/03/30

注目の在宅医療機関へのインタビュー取材「PICK UP!在宅医療機関」の第17回目は東京都国分寺市にて「むさし国分寺訪問看護ステーション」を運営されている看護師冨永久美恵代表です。これまでの歩み、これからの訪問看護に向ける思いを熱く語っていただきました。
医療事務から看護師の道へ
— 医療に進まれた経緯を教えてください。
もともと人を助けることが好きだったので、医療の道に進みたいという気持ちはありました。両親は医療関係ではなかったのですが、福岡の母の実家の近くに医大生のお兄さんがいて、その影響も大きかったと思います。「かっこいいなあ」と憧れていました。

大学受験に失敗し、資格も持っていなかったので、医療事務として雇ってもらえる病院を紹介してもらったのがきっかけです。福岡の久留米市にある中規模病院の古賀病院に勤めました。でも、一年も経たないうちに「私には向いていない」と悟りました。書類と向き合う仕事よりも、人と接する仕事がしたいという気持ちが強かったんです。
そこで、病院には看護学生さんと呼ばれていた働きながら看護学校に通う人がいて、私もそういう人たちを横目にしながら「やっぱり人と接したい」という思いが募りました。予備校に通って国立の看護学部を目指していたのですが、院長先生に見つかって「うちで働きながら看護学校に行きなさい」と声をかけていただいたんです。そこで、看護助手をしながら准看護師の学校に入る勉強をして、医療事務として働き始めた1年後には准看護師の学校に通っていました。
— 看護師になり始めのころはどんな想いを持っていましたか?
准看護師として古賀病院に勤務しながら正看護師の資格を取るために学校にも通いたいと思っていました。でも、夜勤と学業の両立は私には難しいと思い、別のクリニックに移り、正看護師の資格を3年間で取りました。そして、看護師になったらICU(集中治療室)かER(救急救命室)で働きたいという思いがありました。できる看護師になりたいという気持ちがあったからです。聖マリア病院に勤めることになり、まずは解剖生理からだと思いOPE室勤務を希望したのですが、OPE室は人気だったのでICU勤務になりました。聖マリア病院を選んだのは、私が生まれた病院だったからです。ご縁を感じました。

ICUは想像以上に過酷な現場でした。毎日が激務で、急変や生死に関わる場面に何度も遭遇しました。先輩も厳しく、精神的にも体力的にも限界を感じることもありました。そんな中で、研修医だった夫と出会い、結婚、妊娠しました。ICUでの仕事は続けるのが難しいと思い、上司に相談したところ、透析の部署を紹介していただきました。
聖マリア病院は院内保育が充実していて、子育てしながら働きやすい環境だったので、産後3ヶ月で復帰しました。しかし、その後すぐに夫の仕事の都合で東京に行くことになり、退職しました。しばらくは子育てに専念していましたが、下の子が幼稚園に入る頃に「もう我慢できない!また仕事がしたい!」という気持ちが強くなり、復職することにしました。
様々な経験を糧に独立への礎を築く
— 復職後はまずは派遣看護師として再スタートされたのですね。
仕事に復帰しようと思った時にはブランクが5年あり、いきなりICUのようなハードな現場に戻るのは不安でした。そこで、派遣看護師から始めました。派遣看護師は、比較的負担の少ない仕事が多いので、復帰にはちょうどいいと思いました。ただ、派遣ではデイサービスや訪問入浴などの仕事が多かったですね。私は通所型デイサービスの仕事を選びました。とても面白かったです。ICUとは全く違う、穏やかな時間が流れていて、利用者の方々とゆっくり話すことができました。
派遣看護師として3年ほど働いた後、キャリアアップを目指して転職エージェントに相談したところ、訪問看護の仕事を紹介していただきました。訪問看護師の仕事は知っていましたが、看護実習の時に体験して、当時は魅力を全く感じませんでした。しかし、実際に働いてみると、利用者さんの生活に寄り添う仕事に魅力を感じました。
— 訪問看護ステーションでの仕事はいかがでしたか?
紹介されたのは三鷹市で中核を担う「野村訪問看護ステーション」でした。そこでの仕事は想像以上に刺激的でした。スタッフの知識や技術も非常に高く、まるで学生に戻ったかのように、毎日が勉強でした。例えば、アセスメントの研修では、自分の考えをレポートにまとめて提出し、赤ペンでびっしりと添削されるようなこともありました。まるで赤ペン先生ですね(笑)。でも、そのおかげで、訪問看護師としての基礎をしっかりと身につけることができました。

しかし、野村訪問看護ステーションは、40代から50代の経験豊富なスタッフが多く、次第に私のようなブランク明けの看護師がキャリアアップしていくのは難しいと感じはじめ、3年が経過したころ、転職することにしました。
管理者候補として葬儀社が運営する訪問看護ステーションを紹介していただきました。入職直前にステーションが閉鎖してしまいましたが、そのまま葬儀社の民間救急で働きました。看護師として患者さんの搬送や、ご遺体の処置などを行いましたが、やはり訪問看護の仕事がしたいという思いが強く、半年で退職しました。
その後、にじゅうまる訪問看護ステーションに勤め、小児や精神の訪問看護などいろいろな経験する中で、自分の理想とする訪問看護が明確になり、独立への思いが強くなりました。

「むさし国分寺訪問看護ステーション」設立
— 設立はいつ頃から考えていましたか?
さきほどお話したように、野村訪問看護ステーションにいた頃から、いつかは自分で訪問看護ステーションを立ち上げたいと考えていました。以前から経営者になりたいという思いがあり、プライベートで参加した食事会などで経営者の視点や考え方に触れ、自分もそのような世界を見てみたいと思うようになったんです。看護師としてキャリアを積みたいという思いと、経営者になりたいという思いが合致したのが、訪問看護ステーションの設立でした。自分の理想とする訪問看護を実現するために、2020年の終わりごろに看護ステーションを設立を決意しました。
— 開設に向けてのエピソードをお話しください。
実は夫から設立を反対されていたのです。夫からの資金援助もなく、銀行からの融資も受けることも禁止されました。訪問看護ステーションの設立にあたっては、それ相当の資金が必要であり、そこで、私は出資者を募ることにしました。さまざまな集まりで、私の思いを語り、共感してくれる人を探しました。私の思いに共感してくれ、ともに事業をしていきたいと思える2人の方が出資してくださることになり、銀行から融資を受けることなく、2021年12月に「むさし国分寺訪問看護ステーション」を開設することができました。
人の問題もありました。開業2ヶ月前に、私を含めて3人で始める予定だったスタッフが2人とも辞めてしまい、途方に暮れました。でも、諦めずに、私が以前から関わっていた看護師チームに声をかけたところ、引き受けてくれたんです。その看護師チームを雇用していたステーションに相談したところ、快くスタッフを戻してもらうことができました。その看護師チームの中に、他のステーションから移ってきた人が他のスタッフを連れてきてくれました。おかげで、13人という大所帯でスタートを切ることができました。

— 13人と大所帯でのスタート、順調でしたか?
以前のステーションを引き継いだことで利用者さんも4人抱えてのスタートだったので、初月から売り上げが立ち、順調なスタートを切ることができました。しかし、人数が多い分、いろいろな問題も起こりました。給与計算やシフト管理など、事務的な作業が煩雑になりました。また、スタッフと私との間のコミュニケーション不足から、誤解や不満が生じることもありました。スタッフが思ってる私と実際の私が違っていたり、マネジメント能力が不足していました。現場や管理者業務などを優先するあまり、スタッフの不満をうまく解消することができませんでした。
資金繰りで苦労した時期もありました。人件費や車両購入費などがかさみ、2年目には資金が底をつきそうになりましたが、利用者さんを増やし、なんとか資金繰りを立て直しました。また、2~3年目は組織の変革期でした。私のマネジメント不足で退職者が相次ぎましたが、企業理念を共有できるスタッフは残ってくれたので、「むさし国分寺訪問看護ステーション」として第2のスタートを切ることができました。

リスのように飛び回り「看護」を届ける
— 現在のスタッフは何名ですか?
現在は、常勤看護師は私含めて2人で、非常勤スタッフが9人と事務職員2人です。非常勤スタッフは、それぞれの都合に合わせて働いており、利用者さんの情報や指示は電話やLINEで共有していて、毎日出勤するスタッフはほとんどいません。日勤のスタッフしか出勤しませんし、半年くらい会っていないスタッフもいます。マネジメントを必要としないスタッフがいてくれている感じです。
私が求めるスタッフ像は訪問看護を楽しめる、やりがいを見つけられる、そして自己成長を続けられる人物です。指示待ちではなく、自ら考え、行動できる人ですね。訪問看護は、利用者さんごとに状況が異なるため、自分で判断し、行動することが求められます。むさし国分寺訪問看護ステーションは、スタッフ一人ひとりの自主性を尊重し、裁量を与えています。この思いに共感いただける方と一緒に働きたいです。

— メインの対応エリアについて教えてください。
訪問範囲は、国分寺、国立、立川、小平、小金井です。自転車、バイク、車、時に交通機関を使ったりして訪問します。
— ホームページにたくさんリスがいますね。
リスは、私たち訪問看護師の象徴です。森の中で木の実を大切に運ぶリスのように、私たちも利用者さんのために、看護を大切に届けたいという想いを込めました。訪問看護は、利用者さんの家を飛び回るように訪問するので、ちょこまかと動き回るリスのイメージがぴったりだと思いました。
(❏ むさし国分寺訪問看護ステーションホームページ)
(❏ むさし国分寺訪問看護ステーションホームページ)
— 企業理念「愛・笑顔・尊重」についてお聞かせください。
はい。これらの言葉は、私が訪問看護ステーションを運営する上で、最も大切にしていることです。
「愛」は、利用者さんだけでなく、その家族や他の医療従事者、そしてスタッフに対しても、愛情を持って接してほしいという想いです。「笑顔」は、言葉がなくても伝わる感情表現であり、利用者さんの心を和ませることができると信じています。「尊重」は、利用者さんだけでなく、関わる全ての人を尊重し、相手の立場に立って考えることの大切さを表しています。
これまでの経験から、これらの理念を大切にすることで、利用者さんにもスタッフにも、より良い訪問看護を提供できると確信しています。
— 利用者はそのような方が多いですか?
利用者数は約50名です。その中でも難病の方が多く、特にALSの患者さんが多いです。開設当初の利用者さんがALSの方だったことがきっかけで、地域の神経病院さんとの繋がりができました。神経病院さんは神経難病の患者さんが多いので、そこからご紹介いただくケースが増えました。当ステーションでは難病ケアが多い印象ですが、小児から高齢者、精神の方まで幅広く訪問しています。
— 日々目標としている指標となる数値は何かありますか?
1日5件以上訪問することを目標にしています。ケアマネージャーさんや病院、クリニックへの営業活動を行っていた時期もありました。いまは、ホームページやインスタグラムなどのSNSも活用しています。慶應義塾大学病院や東京女子医科大学病院から、ホームページ経由でお問い合わせいただいたこともあります。

地域との連携や発信にも注力
— シニアライフ相談サロン「華やか」ではどのような活動をされていますか?
「華やか」は、高齢者の方々が安心して暮らせる地域づくりを目指して活動している団体です。私は、まだメンバーになったばかりで、中核メンバーのサポートをさせていただいている段階です。中核メンバーが5~6人おり、その他に活動に賛同してくれる方が少しずつ増えています。私はそこで医療の側面から情報発信をしています。
私自身、国立市に長く住んでおり、子どもたちも国立の学校に通っていました。国立は、私にとって第二の故郷のような場所です。長年お世話になった国立の方々に、何か恩返しがしたいという気持ちが強く、この活動に参加しました。
発起人は、国立市で古くから営業されている花屋さんです。その花屋さんは、葬儀も手掛けており、終活に関する相談を受ける中で、高齢者の方々が抱える様々な課題に気づき、この相談所を立ち上げられました。

— SNSでの発信を毎日されています。その原動力についてお聞かせください。
SNSは、私にとって日記のようなものです。10年ほど続けているので、過去の投稿を振り返るのが楽しいですね。また、SNSを通して情報発信することで、初めて会う方にも親近感を持っていただけることがあります。先日も、福岡から来た方がSNSをきっかけに連絡をくださり、お会いすることができました。
SNSの発信で特に意識していることはありません。日々の出来事や感じたことを、ありのままに発信しています。
地域に根ざし信頼される存在を目指して
— 「訪問看護」の課題や悩みはどのように感じておられますか?
訪問看護の課題は山積みですが、今、私が特に悩んでいるのは、訪問看護の運営自体が『人員換算』看護師2.5人という基準があることです。この人員換算は、小規模なステーションにとっては非常に厳しいものです。人手不足が深刻です。訪問看護師は、看護師全体の4〜5%しかいません。経験者を探すのも一苦労です。だからこそ、訪問看護の魅力を伝え、新たな人材を育成することが重要だと考えています。
訪問看護ステーションの廃業が多くなっています。個人的には複雑な気持ちになるのが、看護師を売買するような紹介料・仲介料で利益を得ようとするビジネスライクな動きは、訪問看護の本質からかけ離れているように感じます。人材紹介にもコストがかかるのは理解できます。しかし、訪問看護はもっと温かい、人と人との繋がりを大切にするものであってほしいです。

— 目指している「訪問看護」について教えてください。
訪問看護の未来は、地域に根ざし、地域の方々に信頼される存在になることだと信じています。
私が目指すのは、地域の方々が『昔からあそこにある訪問看護ステーション』と認識し、『困ったことがあったら、あそこに相談しよう』と思ってもらえるような場所です。
私自身が地域に住んでいるからこそ、地域の方々のニーズを深く理解し、寄り添うことができる。地域の方々との信頼関係を築き、安心してサービスを利用していただけるように努めていきたいです。
— 最後に地域住民の方へメッセージをお願いします。
「私が看護師として地域で何ができるのか?」をずっと考えてきました。そして、その答えが「訪問看護」でした。訪問看護を通して、地域の方々に貢献したい。それが、私の願いです。看護師として、やりがいを感じながら、地域の方々のために働きたい。どうか、私に地域で末長く訪問看護をさせていただければと思っています。
むさし国分寺訪問看護ステーション

〒185-0013
東京都国分寺市西恋ヶ窪2-25-1-101
TEL:042-332-7724/FAX:03-4496-4387
東京都国分寺市西恋ヶ窪2-25-1-101
TEL:042-332-7724/FAX:03-4496-4387
冨永久美恵代表のプロフィール
経歴:
1998年 医療事務にて病院勤務
2000年 准看護師免許取得
2004年 看護師免許取得
2004年 聖マリア病院SCU、血液浄化センター、透析室勤務
2005年 結婚
2006年 第1子出産
2009年 第2子出産
2011年 派遣看護師として復帰
2015年 野村訪問看護ステーション勤務
2018年 葬儀社勤務
2019年 にじゅうまる訪問看護勤務
2021年 むさし国分寺訪問看護ステーション設立
1998年 医療事務にて病院勤務
2000年 准看護師免許取得
2004年 看護師免許取得
2004年 聖マリア病院SCU、血液浄化センター、透析室勤務
2005年 結婚
2006年 第1子出産
2009年 第2子出産
2011年 派遣看護師として復帰
2015年 野村訪問看護ステーション勤務
2018年 葬儀社勤務
2019年 にじゅうまる訪問看護勤務
2021年 むさし国分寺訪問看護ステーション設立
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