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【医師執筆】「人生100年時代」を越えて ― 超高齢期(100歳以上)を見据えた食支援の必要性 最終更新日:2025/12/06

【医師執筆】「人生100年時代」を越えて ― 超高齢期(100歳以上)を見据えた食支援の必要性
日本では100歳以上の「百寿者」が急増し、超高齢社会は新たな段階に入っています。長寿を実現する一方で、栄養低下や嚥下機能の衰えなど、食にまつわる問題はより複雑化しています。こうした課題に向き合うには、食支援と嚥下ケアを軸にした多職種によるサポートが欠かせません。本記事では、百寿者に特徴的なリスクや食支援のあり方、多職種連携でできる支援モデルを具体的に解説し、これからの超高齢者ケアに求められる視点をお伝えします。

超高齢者(百寿者)への食支援とは:現状と課題の整理

日本は世界でも有数の長寿国であり、100歳以上、いわゆる「百寿者」の人口は年々着実に増加してきた。2025年9月1日時点での住民基本台帳によれば、100歳以上の高齢者は 99,763人に達し、55年連続で過去最多を更新している。 ❏ 
1963年にはわずか153人だった百寿者が、1981年には1,000人、1998年には1万人、2012年には5万人、そして現在ほぼ10万人――この推移は、「百寿者」も決して“まれな例”ではなく、“社会の一構成員”として確実に増えてきたことを示す。 ❏ 
この事実は、わたしたち医療者・介護者・栄養支援者にとって、ただの数字の羅列ではない。高齢化社会を語る際、65歳、75歳、80歳、あるいは90歳を区切りとすることはあるが、「100歳以上」という“超高齢期”にあえて焦点を当てることは、それまでとは異なる多くの意味を持つ ― それは「寿命の最前線」で暮らす人々の命と生活の質(QOL)に対するケアを、今こそ真剣に考えるべき、という社会からのメッセージに他ならない。
本稿では、なぜ「100歳以上」の段階での食支援・嚥下ケア・栄養管理が重要かを、人口動態の背景とともに考察し、現場で必要となる視点と支援モデルについて論じたい。
「人生100年時代」を越えて ― 超高齢期(100歳以上)を見据えた食支援の必要性

百寿者の食事課題と嚥下ケアが重要視される背景

まず、百寿者人口の急増は今後もしばらく続く見込みである。総人口が減少傾向にある中で、65歳以上人口の割合は上がり続け ― 2025年時点で65歳以上は約 3,619万人に達し、総人口の約29.4%となっている。 ❏ 
その中で「百寿者」が約10万人という存在は、医療・介護・栄養支援の現場において“例外”ではなく“日常”となりつつある。特に在宅医療、介護施設、訪問栄養指導など、多職種が関わるチームケアの現場では、“100歳以上”という年齢層はげんじつにあるのである。
また、百寿という年齢に達した人々は、「寿命の延長」だけでなく、「健康寿命」「生活の質(QOL)」を維持することが求められる。咀嚼や嚥下能の低下、消化機能の変化、筋力や認知機能の変化、慢性疾患や服薬の影響 ― こうしたリスクが複雑に絡み合う「加齢の極限期」であり、その人らしい“生活の質の保持”には、単なる「長生き」ではなく「生き抜く力(eat, swallow, enjoy)」の支援が不可欠となる。
「人生100年時代」を越えて ― 超高齢期(100歳以上)を見据えた食支援の必要性

超高齢者に多い栄養リスク・嚥下障害と食支援の注意点

・身体機能と嚥下・咀嚼能の低下

百寿という年代では、筋力の低下、口腔筋の衰え、咀嚼や嚥下反射の鈍化、歯の喪失や義歯不適合などが起こりやすい。これに加えて、唾液分泌の減少、唾液の粘稠度変化、咳反射の低下、咽頭/喉頭の感覚鈍麻など、複数の因子が重なり、誤嚥・窒息リスクが高まる。これは、高齢期や後期高齢期よりもさらに慎重な対応を要する。

・栄養バランスとエネルギー必要量の変化

活動量の低下、筋肉量の減少、消化吸収能の低下、慢性疾患や服用している薬剤の影響――これらにより、エネルギー必要量や栄養必要量のバランスが変化する。また、水分摂取、微量栄養素、食形態や食事回数の調整など、きめ細やかな栄養管理が必要となる。

・誤嚥・窒息、脱水、口腔衛生、味覚・食欲の変化

嚥下リスクだけでなく、口腔内の乾燥、義歯の不具合、歯肉・粘膜の脆弱性、味覚や嗅覚の低下による食欲不振など、さまざまな要因で「安全かつ楽しい食事」が難しくなる。そこには、誤嚥・窒息防止、水分管理、口腔ケア、食材や調理方法の工夫、そして心理・社会的支援も含めた総合的なアプローチが必要である。

・本人の尊厳、QOL、家族/介護者との連携

百寿者の多くが、自宅や施設で日常生活を営んでいる。支援の際には、ただ「食べられる」「栄養を補う」だけでなく、「本人らしい食の形」「食事を楽しむ」「尊厳ある生活」の維持を念頭に置く必要がある。家族や介護者との対話、本人の価値観や希望の尊重、多職種連携――これらもまた重要である。

嚥下ケアを含む多職種チームによる百寿者の食支援モデル

私たちがこれまで重視してきた、摂食嚥下評価、嚥下エコー、摂食機能訓練、義歯管理、嚥下食・刻み食・ミキサー食の導入、経口維持加算、ミールラウンド、訪問栄養指導――これらの枠組みは、百寿者にも十分通用するが、さらに「超高齢期仕様」の調整が必要だ。以下は、そのための提案モデルである。

1. 定期的な機能評価の実施

・口腔内の状態(義歯適合、歯肉・粘膜の健康、唾液分泌)
・咀嚼・嚥下機能(咳反射、嚥下反射、意識レベル、水分摂取量、咳・誤嚥の既往など)
・栄養状態、体重変動、脱水傾向、筋力、口腔ケア状況

2. 個別に最適化された食形態と水分管理

・嚥下リスクと栄養必要量を踏まえた食形態の選定(刻み食、ミキサー食、とろみ調整、デザートや補食の工夫など)
・水分補給の工夫(とろみ付き水、飲み込みを助ける補助器具、頻回少量摂取、解析嚥下水分法の導入など)

3. 義歯管理と口腔ケアの徹底

・義歯の定期点検・清掃と適合調整
・口腔衛生の維持(歯肉・粘膜ケア、舌苔除去、唾液分泌促進、ドライマウス対策など)
・定期的な歯科訪問、あるいは訪問歯科との連携
「人生100年時代」を越えて ― 超高齢期(100歳以上)を見据えた食支援の必要性

4. 家族・介護者/職員との協働と教育

・食事介助の正しい方法、誤嚥・窒息リスクの認識、嚥下食の取り扱い、食後の口腔ケア、水分管理などについての研修
・本人の希望・生活習慣・食の嗜好を把握し、可能な限り尊重する姿勢
・多職種(医師・歯科医師・歯科衛生士・管理栄養士・介護・看護)による定期カンファレンスの実施

5. QOL・尊厳の視点を含めた支援の設計

・食べる喜び、味わう楽しさ、見た目や香り、食事の雰囲気をできるだけ保持する配慮
・無理のない形での「好きなものを食べる機会」の確保(たとえば、食形態が制限される中でも、調理法や盛り付け、食事のタイミングで工夫)
・心理・社会的支援(会話、家族との時間、地域・施設での交流)と連携

食支援・嚥下ケア専門職が百寿者支援で果たす役割

百寿者を含む超高齢期の食支援は、これまでの高齢者支援の延長ではあるが、「質」「深さ」「きめ細やかさ」がまったく異なるフェーズだ。特に、義歯不適合、唾液の減少、認知機能低下、薬剤の影響など個別差が大きいため、“テンプレート”ではなく“個別設計”が基本になる。
また、栄養管理だけにとどまらず、口腔ケア、嚥下機能、嚥下リスク、食の楽しみ、家族や介護者とのつながり、多職種連携、在宅医療体制――これらを統合した支援の視点が不可欠だ。つまり、“医療者だけ”“栄養士だけ”ではなく、“チーム”として支える体制が求められる。
さらに、「百寿者の増加」は、個人の問題ではなく、社会構造としての高齢化、医療・介護制度、地域包括ケア、在宅医療、訪問診療、訪問栄養、訪問歯科などの仕組み再構築にも関わる。地域の医療・介護リソース、制度、そして何より“支援のあり方そのもの”を問い直す必要がある。

未来の超高齢者支援:食支援・嚥下ケアのさらなる進化へ

「100 歳以上」は、ただの年齢の数字ではない。そこには「長寿を生ききる」「尊厳ある最期までの支援」を問う、現代日本社会の根幹がある。百寿者が安心して「食べる」「飲む」「楽しむ」を続けられるよう、医療者・栄養士・介護者・家族・地域――多職種・多領域の連携と配慮による支援の深化が求められている。
本稿が、超高齢期の支援を考えるひとつのきっかけとなれば幸いである ― そして、私たちの実践と発信が、百寿者のQOLを支える礎となることを願って。
「人生100年時代」を越えて ― 超高齢期(100歳以上)を見据えた食支援の必要性

百寿者・超高齢者の食支援と嚥下ケアに関するよくある質問

Q1. 百寿者や超高齢者では、どのような栄養リスクが特に問題になりますか?
A. 百寿者では、加齢に伴う筋肉量低下(サルコペニア)、食欲の減退、慢性的な脱水、嚥下機能低下が複合的に進行しやすいことが特徴です。これにより「低栄養」が顕在化しやすく、転倒リスクや感染症の増加、活動量の低下につながります。体重変化や食事量の把握、体組成の確認をチームで共有することが重要です。
Q2. 百寿者の嚥下機能が低下しているかどうかは、どのように見分ければよいですか?
A. むせやすさ、食事に時間がかかる、飲み込みに迷いがある、痰が増える、声が湿ったようになるなどが代表的なサインです。専門的には嚥下スクリーニング(反復唾液嚥下テスト、改訂水飲みテストなど)を用いて確認し、必要に応じて言語聴覚士(ST)による嚥下評価につなげることが推奨されます。
Q3. 百寿者の食支援で特に重視される「多職種連携」とは何ですか?
A. 多職種連携とは、医師・看護師・管理栄養士・言語聴覚士・介護職などが情報を共有し、役割分担して支援することです。百寿者のような超高齢者は、身体機能・生活背景・嗜好などが多様で、単一職種では問題が解決できません。「栄養」「嚥下」「生活環境」「本人の希望」を総合的に調整することが、食事の安全性と満足度を最大化します。
Q4. 嚥下機能が低下した百寿者に対して、食事形態はどのように調整すべきですか?
A. 過度に柔らかくする前に、まずは「食材の大きさ」「とろみの有無」「一口量」「姿勢保持」の見直しを行います。嚥下障害が疑われる場合は、嚥下調整食(コード分類に基づくテクスチャー調整)を検討し、STや管理栄養士と連携して個別に設計することが重要です。ただし、食べる楽しさを損なわない工夫も同時に求められます。
Q5. 百寿者の食支援で家族ができるサポートには何がありますか?
A. 食事の様子を観察し、変化に気づくことが最大の支援です。食欲のムラ、むせの頻度、疲労感、食事量などを記録し、医療・介護チームへ共有すると早期対応につながります。また、体位調整(前傾姿勢の保持)、ゆっくり食べる環境づくり、好みに合わせた味付けなど、日常的な工夫が嚥下ケアと栄養改善を後押しします。
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この記事を執筆した歯科医師


澁谷 英介(しぶやえいすけ)
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澁谷歯科医院 院長
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