介護・相続・認知症の不安を解消する“生前の備え”完全ガイド 最終更新日:2025/12/06

介護や認知症の問題は、ある日突然家族の生活に大きく影響を与えます。そのとき、真っ先に浮上するのが「お金」と「手続き」の問題です。相続の準備ができていないと、財産が凍結され必要な介護費用が支払えなくなるケースも珍しくありません。また、遺言書がないことで家族間のトラブルが発生したり、相続税対策が遅れて大きな負担につながることもあります。総集編では、介護・認知症・相続・遺言・任意後見がどのように結びつくのかを体系的に整理し、家族が“いま”から備えるための実践的なポイントをわかりやすく解説します。
はじめに:介護と相続は“いつか”ではなく“いま”考えるべき理由
相続と介護。この二つは、誰にとってもいつか必ず向き合わなければならないテーマでありながら、日常生活の中ではどうしても後回しにされがちな分野です。「まだ早い」「元気なうちは考える必要がない」と思っているうちに、気づけば状況が大きく動いていた……というケースは珍しくありません。特に介護は突然始まることが多く、相続は“いつ発生するか分からない”という性質から、準備不足がそのまま家族の負担につながります。
この10回の連載では、相続の基礎知識から始まり、相続税や生前贈与の実務、遺産分割で起こりやすいトラブル、そして介護保険制度や費用の現実、認知症への備えまで、幅広いテーマを扱ってきました。ここでは、その内容を振り返りながら、家族のこれからを整えるための“全体像”を再整理していきたいと思います。
介護の始まりは相続準備の始まり:家族が直面する現実
相続は「家族の生活を守るための準備」
相続というと「財産の配分」「税金」「手続き」というイメージが先行しがちです。しかし本質的には、相続は“家族の生活を守るための計画”そのもの。財産のありかが分からない、どの銀行に何があるのか誰も知らない、誰が介護を担うか話し合ったことがない——こうした状況で相続や介護が始まると、家族は大きな混乱に巻き込まれてしまいます。
財産の棚卸しは、家族の暮らしの“地図”をつくる作業です。預貯金、不動産、保険、有価証券、貸付金や負債まで、あらゆる情報を整理することで、介護が必要になった際の費用確保や、将来の相続トラブルを防ぐ基礎ができます。
また、事前に家族の意向を話し合っておくことで、「何を大切にしたいか」「どこで暮らしたいか」「どこまで自宅で介護を続けたいか」といった価値観が共有され、いざという時の判断がスムーズになります。
生前の話し合いが介護の方向性を決める
“相続の話はもめるから今はしたくない”という声は多いですが、むしろ元気なうちにこそ冷静に話し合いができるものです。介護が始まってしまうと、精神的・体力的に余裕がなくなり、じっくり向き合う時間が取りづらくなります。
「自宅で最期まで暮らしたいのか」「介護サービスをどこまで活用するのか」「金銭的な負担はどう配分するのか」。これらを明確にしておくことは、介護の方向性を決定づける重要なステップとなります。そして、その話し合いの延長線上に“相続のあり方”が自然と見えてきます。
認知症が進む前に必要な相続手続きと“期限”の基本
限られた日数で進む相続の現実
相続が発生すると、家族は短期間のうちに多くの手続きをこなす必要があります。死亡届は7日以内、健康保険や年金の資格喪失は数日〜2週間以内、準確定申告は4ヶ月以内、相続税の申告・納付は10ヶ月以内——このように、それぞれの手続きに期限が定められています。
これらは決してラクな作業ではありません。喪失感の中で多くの事務作業を同時に進めることは、精神的にも大きな負担となります。しかし、事前に「何が起こるか」を知っているだけで、行動は驚くほどスムーズになります。
とくに重要なのが「相続放棄の3ヶ月」
相続放棄は、プラスの財産だけでなくマイナスの財産(借金・未払い金)も相続対象になることを踏まえると、とても重要な選択肢です。ただし、この判断には“3ヶ月以内”という期限があります。
もし借金の存在に気づくのが遅れたり、「とりあえず銀行口座から生活費を引き出しておこう」と行動してしまうと、単純承認(相続を認めた扱い)となる可能性があります。これを避けるためには、早い段階で財産の調査を始めることが欠かせません。
相続税がかかる家・かからない家の違いと判断ポイント
基礎控除の理解が第一歩
相続税に関しては、“都市部に不動産を持つ人”と“地方の一般的な家庭”で大きく状況が変わります。基礎控除額(3,000万円+600万円×相続人の人数)以内に収まる家庭は課税されませんが、都市部では土地の評価額が想像以上に高く、課税対象になるケースがあります。
使える制度を知っていれば負担は大幅に軽減できる
相続税には多くの軽減措置が存在します。配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を活用することで、相続税がゼロになる家庭もあります。ただし、制度の適用には細かな条件があり、知らないまま進めてしまうと大きな損失につながることもあります。
節税に偏るのではなく、「無理のない相続計画」を考えることが大切です。
生前贈与は“介護負担”と“相続トラブル”を減らす効果がある
計画的に進めることで大きな効果を発揮
贈与税には110万円の非課税枠があり、これを使って長期的に財産を移転していくことで、相続税を減らす効果が期待できます。また、教育資金や住宅取得資金の非課税制度を活用すれば、より大きな贈与も可能です。
形式を整えることでトラブル回避に
生前贈与は「贈与したつもり」が最もトラブルを招くポイントです。本人が管理する口座に振り込むだけでは贈与とみなされないケースがあり、贈与契約書の作成や銀行振込など、形を整えることが重要です。さらに、“亡くなる前7年以内”の贈与は相続財産に加算されるため、早めから取り組むことが必要です。
遺言書の重要性:遺産分割は“法律×家族の気持ち”で決まる
法律だけでは割り切れないのが相続
法定相続分はあくまで“目安”であり、最終的な分け方は相続人全員の合意によって決まります。しかし、介護を担った人、遠方に住んで頻繁に帰省できなかった人、過去に大きな援助を受けた人……それぞれの立場や気持ちが交錯し、話し合いは時に感情的になることがあります。
遺言書は家族を守るメッセージ
遺言書があるだけで、相続の方向性が一気に明確になります。誰に何を残すのか、その理由は何か。本人の意思が言葉として残っているだけで、家族間の不安やわだかまりは大きく軽減されます。手書きの自筆証書遺言でも十分ですが、公正証書遺言はより安全で確実です。
認知症による“財産凍結”を防ぐには?任意後見制度の基礎と活用法
資産が使えなくなるという深刻な問題
認知症になると、本人の判断能力が低下し、銀行や不動産の手続きができなくなります。家族であっても代理で処理することはできず、「資産はあるのに使えない」という凍結状態に陥るケースがあります。
施設への入所費用が払えない、急な医療費に対応できないなど、生活の根本を揺るがす問題です。
備えとしての「任意後見」と「家族信託」
任意後見制度は、判断能力が失われる前に信頼できる人を後見人として指定しておく仕組みです。一方、家族信託は財産の管理方法を柔軟に設定でき、介護が長期化する家庭には特に有効です。どちらも、早めの判断と準備が重要になります。
介護費用は何で決まる?サービス内容・期間・要介護度で変動する構造
介護保険は万能ではない
訪問介護、デイサービス、ショートステイ、特養や老健など、介護保険で利用できるサービスは多岐にわたります。しかし、自己負担は1〜3割で済むとはいえ、食費・居住費は全額自己負担です。
「介護保険があるから安心」と思い込んでしまうと、実際の費用とのギャップに驚くこともあります。
月数万円から、場合によっては30万円超まで
在宅介護の場合、軽度なら月1〜3万円の自己負担で済むこともありますが、介護度が上がるほど利用量も増え、月10万円以上になる家庭もあります。
施設介護では、特養で月8〜15万円、有料老人ホームでは20〜30万円台が一般的で、入居金が必要な場合もあります。介護が5年、10年と続くことも珍しくないことを考えると、家計への影響は大きくなります。
公的保険では不足する部分をどう補う?民間介護保険の賢い使い方
公的介護保険だけではカバーしきれない費用に備えるため、民間介護保険を活用する家庭が増えています。介護に特化した保険、医療保険や終身保険に付ける介護特約、貯蓄性を持つ終身型など、選択肢は多様です。
ただし、保険は「入れば安心」というものではなく、加入目的をはっきりさせ、それが家族の価値観と一致しているかを確認することが大切です。
要介護度が上がるほど負担は増える:家族の生活を守る費用設計とは
介護度が低いうちは在宅での支援が中心ですが、進行すると生活全般にわたる介助が必要になります。月1〜3万円の段階から、要介護3〜5では月10万円以上、施設では月30万円近い支出となることもあります。
さらに、介護を担う家族の時間的・精神的負担も大きくなり、仕事の調整や生活の変化が求められることも珍しくありません。
おわりに:介護・認知症・相続を“総合的に備える”家族のリスクマネジメント
相続は「家族の資産の現在地を整理する作業」であり、介護は「これからの暮らしを支える仕組みづくり」です。この二つは切り離されたテーマではなく、むしろ連動して考えるべきものです。相続を整えることで介護への備えが進み、介護を見据えることで相続の形が明確になる。そんな相乗効果が生まれます。
認知症になったら相続はどうなる?財産凍結を避けるための基礎知識Q&A
Q1. 認知症になると相続手続きはどのような影響を受けますか?
A. 認知症が進むと「判断能力が不十分」と判断され、遺言書作成・生前贈与・不動産売却などの法律行為ができなくなる可能性があります。その結果、財産が事実上“凍結”され、介護費用に充てたい資産が使えなくなるリスクがあります。早期から任意後見制度を利用し、代理人を事前に決めておくことが相続準備の大きなポイントです。
Q2. 介護と相続の準備はどのタイミングで始めるべきですか?
A. もっとも適切なのは「介護が始まる前」つまり家族が元気なうちです。認知症発症後では利用できる制度が限られ、相続対策も大幅に制限されます。生前贈与・遺言作成・任意後見契約などは早期ほど選択肢が広がり、家族の負担を軽減できます。
Q3. 遺言書だけでは不十分になるケースとは?
A. 遺言書は遺産分割の基本となる重要な書類ですが、認知症リスクへの備えや介護費用捻出のための資産管理まではカバーできません。たとえば「認知症で意思表示ができなくなった後の財産管理」は遺言では対応できず、任意後見制度とセットで準備することが推奨されます。
Q4. 介護費用はどれくらいかかり、相続準備にどう影響しますか?
A. 自宅での介護では月5〜15万円、施設介護では月15〜30万円が目安で、要介護度が上がるほど費用は増えます。介護が長期化すると相続財産が減り、想定していた分割計画に影響することもあります。相続の観点からも、介護期間の費用設計は重要です。
Q5. 生前贈与と任意後見はどのように使い分ければよいですか?
A. 生前贈与は相続税対策や家族への資産移転を目的とする一方、任意後見は認知症などで判断能力が低下した際の財産管理を目的としています。両者は競合するものではなく、むしろ併用が一般的です。生前贈与を進めつつ、将来の財産管理を任意後見で確保する流れが最も安全です。
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この記事を執筆したファイナンシャルプランナー

渡邊裕介(わたなべゆうすけ)
(株)N&Bファイナンシャル・コンサルティング 執行役員
ファイナンシャルプランナー
ファイナンシャルプランナー
経歴:
2003年慶應義塾大学環境情報学部卒。大学卒業後、飲食の店舗マネージメントに携わる。
社会人生活の中で、自身のおカネの知識のなさを痛感したことをきっかけに2006年FPに転身。個人の貯蓄計画や住宅購入相談・老後資金準備、相続相談などライフプラン作成を中心に、企業の従業員向けのFPセミナーなども行う。
ファイナンシャルプランニングを通じて、「安心の提供」と「人生の価値向上」に貢献する。
2003年慶應義塾大学環境情報学部卒。大学卒業後、飲食の店舗マネージメントに携わる。
社会人生活の中で、自身のおカネの知識のなさを痛感したことをきっかけに2006年FPに転身。個人の貯蓄計画や住宅購入相談・老後資金準備、相続相談などライフプラン作成を中心に、企業の従業員向けのFPセミナーなども行う。
ファイナンシャルプランニングを通じて、「安心の提供」と「人生の価値向上」に貢献する。
資格・役職:
CFP
1級FP技能士
東海大学 非常勤講師
CFP
1級FP技能士
東海大学 非常勤講師
10回にわたって、「相続」と「介護」をテーマに、お金にまつわる知識をお届けします。介護や相続は誰にとっても避けて通れないテーマですが、具体的に何から始めれば良いのか分からず、不安を感じる方も多いのではないでしょうか。
このコラムでは、在宅介護にかかる費用の考え方や、相続の基本的な仕組み、そして具体的な準備の進め方を分かりやすく解説します。読んでいただくことで、将来に向けた備えや計画を安心して進めるためのヒントを得ていただければと思います。
このコラムでは、在宅介護にかかる費用の考え方や、相続の基本的な仕組み、そして具体的な準備の進め方を分かりやすく解説します。読んでいただくことで、将来に向けた備えや計画を安心して進めるためのヒントを得ていただければと思います。









