ぬちぐすい診療所インタビュー|石垣島・八重山諸島で訪問診療、認知症相談、医食同源の地域医療を支える 最終更新日:2026/07/09

沖縄県石垣島にあるぬちぐすい診療所は、八重山諸島の暮らしに根ざし、訪問診療、認知症相談、小児科外来、訪問栄養管理などを通じて、子どもから高齢者まで幅広い世代を支える地域医療の拠点です。診療所名の「ぬちぐすい」は、沖縄の言葉で「命の薬」を意味します。それは薬だけでなく、食、自然、人とのつながり、その人らしい暮らしを支えるすべてを含む考え方です。川崎文香事務長、今村昌幹院長、城所望医師へのインタビューを通じて、石垣島・八重山諸島で実践される訪問診療、認知症支援、医食同源の取り組み、そして最期まで安心して暮らせる島づくりへの挑戦を紹介します。
川﨑文香事務長が石垣島の医療へ転身した理由|八重山諸島で使命を見つけるまで
— まずは事務長の川﨑さんからお話を伺います。川﨑さんの生い立ちや、これまでのキャリアについて教えてください。
川﨑 長野県上田市で生まれ、その後は神奈川県で育ちました。高校から慶應義塾に進学し、チアリーディングに全力で打ち込む日々を送りながら、大学では法学部法律学科を専攻しました。
大学時代には、未来貢献の志を持つ人々が互いに学び合う「福澤諭吉記念文明塾」の0期生立ち上げにも関わり、この経験が企業の社会的責任の領域へ興味を持つ大きなきっかけとなりました。当時は「いつか自分の人生をかけて取り組める使命が見つかったときに、それを形にできる実力をつけたい」という成長意欲が非常に強かったことを覚えています。

— 大学卒業後は、大手コンサルティング会社に進まれたのですね。
川﨑 はい。「3年で普通の会社の10年分の成長ができる」という会社のキャッチフレーズに惹かれ入社を決めました。当時はリーマンショック前の超売り手市場でしたが、インターンシップが圧倒的に面白く、優秀で知的、そして志の高い人たちが揃っている環境に魅力を感じました。
入社後は戦略グループに配属され、世界中の優秀な同期や上司に恵まれた環境でハードワークに励みました。非常に多忙な毎日でしたが、大手企業の経営改革に携われるダイナミズムを感じながら、各業界のエキスパートと切磋琢磨する日々は大きな経験となったと感じています。

— そこから、医療という全く異なる領域へ進むことになった転機は何だったのでしょうか。
川﨑 入社2年目のときに、実の母を乳がんで亡くしたことでした。これは、平穏無事な環境で育った私のこれまでの価値観が大きく揺らぐような出来事で、病院との向き合い方や医療そのものに対して様々な思いを抱きました。特に、多忙な医療現場では時に患者さん本人や家族の気持ちが置き去りになる場面があること、心身に現れる様々な症状をトータルで診てもらうことの難しさ等、身を持って体験しました。
悲しみは深く人生で最もしんどい日々でしたが、仕事に打ち込むことで自分を取り戻し、コンサルティング会社で日々培った問題解決能力を発揮して、医療分野の問題に取り組みたい、1人の患者家族としての経験や切実な思いを社会に還元していきたいと強く決意したのです。

— その強い想いが、次のアクションに繋がっていくわけですね。
川﨑 はい。会社に籍を置きながら、2013年に一般社団法人「臨床プラスアルファ」の立ち上げに参画し理事として活動しました。これは、医療の課題を1人の医師としてだけでなく、システムや仕組みという大きな視点から変革しようとする医師たちを繋ぐ交流ネットワークです。
MBAやMPHを取得するために海外へ一歩踏み出した医師たちの活動を記事として取材・配信し、彼らを支えるプラットフォームを構築しました。私は医療者ではありませんが、「医療現場を変えようと奮闘する人々をどう支え、応援できるか」という観点からこの活動に情熱を注ぎました。
当時は、自分が将来、医療法人の理事や診療所の事務長になるとは全く考えていませんでした。しかし、ビジネスの最前線で学んだ仕組みづくりのノウハウと、母の死をきっかけに動き出した医療への問題意識。この二つが、のちに石垣島で『ぬちぐすい診療所』を立ち上げる際の両輪になったと感じています。

八重山諸島・石垣島で実践する「ぬちぐすい」の医療|認知症相談と地域に根ざした診療
— 石垣島へ移住し、診療所を立ち上げた経緯を教えてください。
川﨑 夫の離島赴任に伴い、2019年に八重山諸島・石垣島へ移住したことが始まりです。その数年前、私たち家族は沖縄本島で暮らしていたのですが、当時、幼い娘を突然失うという大変辛い経験をしました。
なぜこんなことが起きたのかとロジカルに原因を追究するばかりで深い悲しみから抜け出せずにいた私を救ってくれたのは、何か特別な出来事ではなく、沖縄の日常が持つ温かさと豊かな世界観だったのです。

ご近所のおばぁが自分が作った料理を分けてくれたり、子供たちがお仏壇に向かって日常的におしゃべりをする姿を見たり、次女の出産前に友人が毎朝のウォーキングに付き合って地域で子どもを宝として大切にしていることを語ってくれたりしました。みんな沖縄で生まれ育った人たちでした。
こうした人々の温かさに触れる中で少しずつ心が満たされ、この地域に恩返しをしたいという強い使命感のようなものが沸き上がってきました。その後、石垣島には私が沖縄で感動した精神性や自然がさらに凝縮されていると直感したのですが、当時この島には在宅医療を専門に行う診療所が一つもありませんでした。
そこで、夫の元同僚である今村先生をはじめとする医療スタッフにお声がけをし、2年間の準備期間を経て2021年に「ぬちぐすい診療所」を設立したのです。

— 診療所の名前にもなっている「ぬちぐすい」とは、どのような意味を持つのでしょうか。
川﨑 以前、薬草教室の先生から教えていただいた「命の薬」という意味を持つ沖縄の言葉です。私自身が日常で救われた温かさの正体は、まさにこの概念だったのだと確信しました。
一般的な郷土料理としての意味合いだけでなく、大地が育んだ美味しい食べ物や、五感を震わせる豊かな自然、そして人との温かい心の触れ合いなど、命を輝かせるすべてのものを包括する概念だと捉えています。
当院のホームページにも掲げていますが、病気や障害、老いがあっても、その人らしくこの島で最後まで生活できるよう応援することが私たちの理念です。医療もこの「ぬちぐすい」を世に処方するためのプラットフォームの一つとして機能させたいと考えています。

— 具体的な診療内容や、こちらの診療所ならではの特長についてお聞かせください。
川﨑 当院は開設当初より、在宅医療だけでなく、非常勤の小児科医が週に1回外来を担当していて、0歳から100歳以上まで幅広い世代の患者さんを診ています。
単なる薬の処方にとどまらず、発達の悩みや慢性疾患と向き合う子供たちの日常生活の相談に乗ることを大切にしているのが特長です。
また、医療の枠を超えた地域連携を目指し、2022年には八重山初の「認知症疾患医療センター」の指定を受けました。いつでも無料で認知症の専門相談ができる窓口を運営しており、必要に応じて外来や訪問診療へと繋いでいます。

医療の枠を超えた取り組みとしては、子育て中のお母さんたちと田んぼサークルを立ち上げた「ぬちぐすいファーム」の運営も行っています。
沖縄県一番の米どころである石垣島で、子供たちと泥まみれになりながら食育や共同作業の喜びを分かち合っている活動です。敷地内では水牛を飼育し、雑草を自然に食べて分解してもらうことで豊かな土作りに役立てるなど、自然との共生も図っています。今、ここにいる私たちの健康だけでなく、未来を生きる子どもたちの健康、つまりは地球の健康にも目を向けた活動を続けていきたいです。

— 地域における他機関との連携や、今後の展望はいかがですか。
川﨑 石垣島には大手の法人が運営する在宅診療所もありますが、物品が不足しそうなときに互いに融通し合うなど緊密な連携をとっています。
大手の法人が提供する体制は地域の医療水準維持に欠かせない一方で、当院は地元で長年第一線で活躍してこられた先生方、専門職の方々のセカンドキャリアの受け皿としての役割を担っています。
過酷な激務は難しくなっても、豊かな経験や資格を活かして地域に貢献したいと願う先生方、専門職の方々の力を集結する場でありたいのです。
8月からは助産師による母乳外来もスタートします。こうした、地域を良くしたいという想いを持ち、はじめの一歩を踏み出そうとしている専門職の方々に向けて、活躍の場を整え提供できることも私の喜びの一つであり、限られた資源を束ねてコラボレーションしながら、地域の多くの声に応える過程には様々な苦労はありますが、それぞれの信念を大切に育んでいます。理念に共感しそれぞれの想いを重ねて集まり、日々患者さんと向き合ってくれている全職員には心から感謝しています。
今年4月には、個人の事業から地域の共有財産とするために「医療法人仁結会」として医療法人化を果たしました。今後も地域の医療不足を少しずつ解消していく強固なプラットフォームとして、成長を続けていきたいと考えています。

石垣島・八重山諸島の訪問診療|最期の願いを支える在宅医療と医食同源の取り組み
— ここからは、約35年にわたり八重山の地域医療を支え続け、現在はぬちぐすい診療所の院長を務める今村さんにお話を伺います。今村さんの生い立ちや、医師の道を志したきっかけを教えてください。
今村 札幌で生まれ、1歳頃からは東京の清瀬市で育ちました。父が結核の専門医をしており、そんな父の背中を見ながら自然と医師を目指すようになりました。若い頃は、スポーツよりもラジオ作りなどの「ものづくり」に熱中している少年でしたね。
その後、母の実家があるご縁で北海道の旭川医科大学に進学しました。学生時代は教室にこもって勉強するよりも、学外の実習などに参加して外へ出て行くことが好きなアクティブな学生でした。

— 北海道から遠く離れた沖縄の地で、医療を行うことを選ばれたのはなぜでしょうか。
今村 学生時代に沖縄県立中部病院の優れた研修制度を知り、長期休みを利用して見学に訪れたことが大きなきっかけです。
当時は東南アジアで医療奉仕をされている方々の話を耳にする機会もあり、特定の医局に属するという意識はあまり持っていませんでした。
研修医時代は四六時中動いていなければならない忙しさがあり、非常に大変な毎日でしたが、当時の24、5人の同期とは今でも良い仲間として深く繋がっており、4年間のプログラムを終える頃には医師としての確かな手応えを感じられるようになっていました。

— そこから八重山病院へ赴任され、長年にわたって地域医療に貢献されてきたのですね。
今村 はい。研修の3年目と4年目のときに、応援として八重山病院へ数ヶ月間赴任したのですが、その間に地域の方々の温かさや暮らしぶりが分かり、すっかり八重山の虜になってしまったのです。
自由に医療をさせてもらえる環境で、地元の方々とも深く知り合いになれたため、他の場所へ行く魅力を全く感じず、そこから約35年間勤務を続けました。
赴任して10年目頃からは、島の真ん中にある診療所の建物を活用し、週に一回の巡回診療を引き継ぎました。患者さんご本人はもちろん、ご家族との深い関わりも非常に魅力的で、ますます沖縄が好きになりましたね。
実は大学5年生の頃、1日だけイギリスのホスピスと在宅医療の現場を見学する機会がありました。その際、「大きな施設を用意しなくてもできる仕事がある」という強い印象を抱いたのです。そのたった1日の経験が、私の訪問診療の原点としてずっと心に響き続けていました。

— その想いが、現在のぬちぐすい診療所の開設へと繋がっていくのですね。現在の体制や訪問スケジュールを教えてください。
今村 病院での定年を迎えた後、川﨑さんから診療所の理念についてのお話をいただき、在宅医療を継続できることに魅力を感じて開設を決意しました。2021年のスタート時は、医師が私1人、看護師1人、事務長、そして事務を担う若い島の方1人という非常に小さな体制からの出発でした。
それが現在は、常勤の私に加えて、小児科、皮膚科、内科の非常勤医師がそれぞれ週1回入る4名体制となり、看護師3名、事務長、事務員1名が在籍するまでに成長しました。さらに在宅の資格を持った管理栄養士がおり、現在は言語聴覚士が加わる調整も進めています。
実際の訪問診療は、朝の打ち合わせから始まり、事前のスケジュールに従って患者さんのご自宅へお伺いします。移動時間を含めてお1人あたり約30分を見込んでおり、早い方でもご自宅で15分以上はしっかりと時間をかけて診療します。
現在の利用者数は1日に多くて7人から8人ほどで、夜間の緊急電話対応はすべて私が1人で受けています。

— 在宅で療養されている方々の生活を支えるため、どのようなサポートを行っていますか。
今村 最後までご自身の口から食べる喜びを支えるために、島に1人しかいない訪問栄養管理士を当院で育成し、患者さんの食事のタイミングに合わせた個別の栄養指導を行っています。
さらに、飲み込む機能の重要性を見据え、地域で活躍する言語聴覚士による訪問嚥下リハビリの体制も整えました。
食については兼ねてから想いがあり、八重山地域における摂食機能療法、口腔ケア、栄養療法に関わる地域医療、介護に関係する諸課題について、その環境を改善するために、共同で調査・研究・指導等を行なうために、2002年に先島接触嚥下研究会を立ち上げ活動してきました。栄養管理士、言語聴覚士の2名はこの頃からの仲間です。
それに加えて、在宅療養されている方に非常に多い皮膚疾患の悩みにお応えするため、八重山病院を定年退職された専門医をお招きし、皮膚科に特化した訪問診療も開始しています。

— 「ユマニチュード」も熱い想いを持って取り組まれているそうですね。
今村 はい。実は、沖縄の離島ではご高齢の方が地域の中で役割や尊厳を持って生きているため、都会に比べて認知症の困った周辺症状が出にくいという特徴があります。当院では、こうした地域の素晴らしい土壌を守りながら、優しさを伝えるケア技術「ユマニチュード」を取り入れ、認知症があっても誰もがこの島で幸せに暮らせるよう支援を実践しています。
ユマニチュードとは、目線や相手との距離、声の大きさなど、相手に信頼してもらうためのコミュニケーションのコツを大切にするケア技術です。
私自身、考案者の先生方が行われた実地トレーニングに付き添った際、3ヶ月間全くベッドから出られずケアを拒否されていた方が、この技術によってご自身の足で歩きたいと希望され、実際に歩かれたという素晴らしい光景を目の当たりにしました。
こうした尊い哲学とケア技術を取り入れ、誰もが安心して暮らせる環境づくりを目指しています。

— 患者さんとの関わりの中で、特に印象に残っているエピソードをお聞かせください。
今村 最後にお見送りをする際に、ご家族が「全力を尽くし、介護しきった」という深い充実感を持ってお着替えなどをされている姿を見るのは、何度経験しても非常に感慨深いものです。
たとえば、100歳を迎えようとしていたおばぁが、息子さんのご自宅に引き取られた後、生まれ島である与那国島で最期を過ごしたいと希望され、石垣島から移動して見事に最期を迎えられたという素晴らしい出来事もありました。
また、がんの最終段階にあっても「おむつは絶対に使わず、自分の足でトイレに行く」という強いこだわりを最後まで全うされた方もいらっしゃいました。そうしたそれぞれの人生に強い意志を持っている方を見ていると、一層その思いを叶えて支えてあげたいと強く思いますね。

離島のおじぃおばぁに学ぶ健康の知恵|自然・食・対話で支える医食同源の暮らし
— ここからは、フリーランスとしてご活躍されながら、ぬちぐすい診療所での診療もサポートされている城所さんにお話を伺います。まずは、医師を目指されたきっかけを教えていただけますか。
城所 高校時代は人に教えることが好きだったため、将来は教師になることを考えていました。しかし、高校生のときに自動車のエンジニアだった父親と「何のために働くのか」について深く語り合う機会があったのです。
その際、父が「人の幸せのために働くのが、やっぱり生きがいがある良い人生じゃないのか」とぽろりと言った言葉が、私の心に強く響いたのです。父は若い頃に結核を患って苦労した経験があり、医師に救われたことから、子どもたちの誰かに人のために働く医師になってほしいという願いを持っていたようです。
物理学の研究に進んだ兄に代わり、医師という立場であれば人に教えることもでき、なおかつ直接的に人の命と幸せに関わることができると考え、医学部への進学を決めました。

— 大学時代から、すでに医療の本質を追求するような活動をされていたそうですね。
城所 はい。シュバイツァーや、ネパールで医療活動をされていた岩村昇先生の本や講演に感銘を受け、途上国医療に興味を持ちました。
大学2年生の二十歳のときには、バングラデシュで公衆衛生の活動をされていた石川信克先生に手紙を書き、2週間ほど現地へ見学に行かせていただいたこともあります。
顕微鏡を担いで村に入り、痰を染めて結核菌を確認し、治療に繋げるというフィールドワークを共にする中で、途上国で最も役に立つのは水や下水道を含めた公衆衛生だと痛感しました。同時に、公衆衛生の道へ進むにしても、まずは自分の手で目の前の患者さんを診察して処方できる確かな「臨床の力」を身につける必要があると確信したのです。
そこで、日本で最も臨床の力がつく場所を求め、沖縄県立中部病院での研修を選択しました。

— そこから沖縄との深い繋がりが始まったわけですね。
城所 実は、大学時代に参加した「日米学生会議」の実行委員として、沖縄の現状をみんなで語り合う機会を持とうと提案したことが、沖縄との最初の出会いです。
1985年の「慰霊の日」の前日にあたる6月22日に、初めて沖縄に降り立ちました。元知事の大田昌秀先生のご自宅へ押しかけてお話を聞いたり、沖縄のガンジーと呼ばれる阿波根昌鴻氏に手紙を書いて会いに行ったりする中で、本土の報道では伝わらない沖縄の現実に衝撃を受け、住み込まなければ本当の姿は分からないと感じたのです。
それ以上に、沖縄の人々の「いちゃりばちょーでー(一度会えば兄弟)」というフレンドリーで包み込むような明るさや、「ゆいまーる」というお互い様の精神にすっかり魅了されてしまいました。

— そこからのキャリアの歩みと、ぬちぐすい診療所へ参画された経緯を教えてください。
城所 中部病院での研修後、石垣島の沖縄県立八重山病院で勤務しました。その後、NHKの番組「ドクターG」の監修をされた松村理先生に誘われ、京都の舞鶴にある教育病院で指導医として研修医の育成に努めた時期もあります。
アメリカで働かないかという誘いもありましたが、八重山病院から医師不足を理由に帰還を要請され、妻が黒島(石垣島の離島)出身であったこともあり、求められる場所で働こうと再び八重山諸島に戻りました。
それ以前にも、医師が急遽不在となった与那国島の診療所へ長女を連れて赴任した経験があり、常に「必要とされている場所で人の幸せのために働く」ということが私の医師人生の共通項になっています。
10年ほど前からはフリーランスの医師として、産業医や学校医、外来診療などをマルチにこなしています。今村先生とは八重山病院時代からの長い付き合いがあり、先生が入院された際にヘルプに入ったことがご縁となって、この4月からは火曜日の訪問診療をお手伝いすることになりました。

— 城所さんがこれまでのご経験をもとに執筆された書籍と、現代人に必要な「5つの処方箋」についてお聞かせいただけますか。
城所 現代社会を生きる人々が抱えるなんとなくの不調や、コロナ禍で蓄積された不安や憎悪に対して、離島で出会うおじぃやおばぁたちはなぜこれほど心豊かに健やかに過ごせているのか。
日々の関わりを通してその違いを考える中で、自然との繋がりや沖縄の祈りの力、そして包み込むような笑いや対話といった要素が、私たちが幸せに生きるための大きなヒントになると気づきました。
当初は講演会などを通じてこうしたメッセージをお伝えしていましたが、その場にいらっしゃらない方々にも広くこのヒントをお届けし、一人でも多くの方に豊かで幸せな人生を送っていただきたいという思いが強くなり、本という形に残そうと決意したのです。
そこで、100数十名が参加する全国出版オーディションに挑戦したところ、光栄なことに優勝することができ、書籍化が実現しました。この本の中では、沖縄の豊かな知恵をベースに、現代人にぜひ実践していただきたい「5つの処方箋」を具体的なメッセージとして提案しています。
1つ目は「自然の力」。人間は自然の一部であり、遠ざかるほど病気になるため、パソコンの横に観葉植物を置いて視野に入る緑(緑視率)を増やすだけでも不調は軽くなります。
2つ目は「祈りの力」。沖縄には火の神(ひぬかん)や御嶽(うたき)など祈りの文化がありますが、日常の中に自分自身と対話する静かな時間を意図的に持つことで、過去の後悔や将来の不安に飲み込まれなくなります。
3つ目は「笑いの力」。つらいときこそ口角を上げると、脳が楽しいと判断して幸せホルモンを分泌し、免疫細胞が活性化されて健康に繋がります。
4つ目は「対話の力」。相手を批判せずにオープンに話し合う「ユンタク」の精神を持ち、日常の居場所を共に作ることが心を癒やします。
そして5つ目は「つながりの力」。仲間と定期的に集まる「模合(もやい)」や先祖崇拝の行事のように、仲間、地域、過去、そして自分自身と深く繋がることが健康に生きる最大のヒントになります。

— これら5つの処方箋は、沖縄ならではの特別なものなのでしょうか。
城所 決して沖縄特有のものではなく、かつて日本中どこにでもあったものだと思います。昔は醤油がなくなれば隣から借りたり、お風呂が壊れればもらい湯をしたりと、助け合いが日常にありました。
しかし、コンビニエンスストアができ、すぐに何でも買えるような便利な社会になっていく中で、隣同士の会話がなくなり、そうした繋がりがだんだんと廃れつつあります。
沖縄でも少しずつ失われつつありますが、石垣島やさらに遠くの離島に行けば行くほど、そうした助け合いの文化が色濃く残っています。
離島のような不便な環境では、お互いに助け合わなければ生きていけないからです。現代社会の便利さによって失われてしまった「人間にとって本当に必要なもの」を意識し、日常生活の中にもう一度取り入れることが、より豊かで健康に生きるためのヒントになるのだと思います。

— 今後の目標や展望についてお聞かせください。
城所 ある読者の方から、「人生をホテルのスイートルームで終えようと思い詰めた人が、引き出しにあったバイブル(聖書)に目を留めて踏みとどまったという話を聞きました。私にとっては、この本がバイブルです。」という感想をいただいたことがありました。
私自身も若い頃に本の力に導かれて沖縄へやって来ましたが、私が沖縄で感じた大切なことを詰め込んだこの本が多くの人の手に届き、少しでも人生が豊かになるお手伝いができればと願っています。
今後は書籍や講演活動に加えて、石垣島でイベントなどを開催してみんなで学び合い、人と人が繋がり合う社会を作っていきたいですね。

八重山諸島・石垣島で安心して最期まで暮らすために|訪問診療と循環型地域医療への挑戦
— 南国・島国における訪問診療や在宅医療をめぐる、今後の課題についてお聞かせください。
川﨑 現在、石垣島を含む八重山諸島の離島医療が直面している最も厳しい現実は、医師をはじめとする医療者の深刻な人材不足です。これは今後、さらに加速していくことが予想されています。
もし医療体制が脆弱化し、安心して最後までこの島で暮らすことができなくなってしまえば、人々は島を離れていかざるを得ません。人々がいなくなれば、何百年とこの地域で受け継がれてきた八重山の豊かな伝統文化や、暮らしの根底にある精神性までがすべて途絶えてしまうという強い危機感を持っています。
一診療所という立場ではありますが、いつまでも安心して住み続けられる島であり続けるために、私たちは貢献していかなければならないと考えています。
今村 私が最初に在宅医療を始めた頃はかなりのどかな環境でしたが、現在は病院と同等の高度な内容を自宅で行うことが求められるようになり、診療内容も随分と濃くなってきています。
そうした医療の進化において決して遅れをとらず、地域の多くの人々に「自宅で過ごすこと」を心から安心して任せてもらえるような確固たる状況を作り出すことが、今後の大きな課題であり目標です。

— その深刻な課題や離島ならではの制限に対し、どのようなアプローチを見出しているのでしょうか。
川﨑 島の内側の資源だけで、医療人材不足などの危機を乗り越えることには限界があります。だからこそ、私たちは外の世界の力を島にうまく循環させる仕組みを作りたいと考えているのです。
具体的には、城所先生が提唱されている休養や、食、運動を中心においた心身のトータルな状態分析と、当院が持つ高度な医療の視点、そして島が元々持っている豊かな「ぬちぐすい」の資源を融合させた新しい「場づくり」の構想を練っています。
外から健康や癒やしを求める人々がこの地を訪れ、島の人々や自然、伝統文化に触れて深く癒やされる環境を作る。その交流が島に新しい活気や優れた人材をもたらし、結果として島全体の医療や文化を守っていくことに繋げていくのが、私たちが目指している姿です。
今村 離島という環境ゆえに、どうしても医療に関する制限は存在します。
しかし、それを「あれもできない」「これもできない」と悲観するのではなく、この素晴らしい島と温かい人の繋がりの中で「こういうことはできる」と前向きに提案していくことが大切だと思っています。
また、島の人たちの中には、あまりにもそれが日常の自然なことすぎて、本当の島の良さを認識しきれていない方もいらっしゃいます。そうした方々にも「皆さんが持っている力は素晴らしいんだよ」と伝えていきたいですね。

— 最後に、5年後のぬちぐすい診療所の展望についてお聞かせください。
川﨑 私たちが掲げる、島が育んできた広義の「ぬちぐすい」を世に処方するという取り組みは、まだ始まったばかりです。
5年後には、単なる一つの在宅医療クリニックという枠組みを大きく超えて、島の内外の人々が健康や精神性を循環させ、八重山諸島・石垣島の豊かな伝統を次の世代、その次の世代へと確実に繋いでいく強固な場を確立させていたいと考えています。
誰もが見守られながら、その人らしい豊かな人生を最後まで全うできる島を守り、その生き方の深みをこの地から広く発信していくことが、私たちの未来への一番の目標ですね。
実現にあたっては、多くの方のお力が必要となります。私たちの理念や取り組みの意義に共感された方は、ぜひお声がけください。
お待ちしております。
お待ちしております。

ぬちぐすい診療所|石垣島で訪問診療・認知症相談・小児科外来を行う地域医療拠点

診療内容
在宅訪問診療(保険診療)
病院に通いにくい石垣島の方々が対象です
・医療機関の受診が困難な方を対象に、医師・看護師が定期的に訪問します。
・訪問診療継続中の方が体調を崩された時などご希望があれば24時間365日往診対応します。
・在宅訪問診療をご希望の方は、現在かかりつけの医療機関にご相談の上情報提供を依頼して事前に診療所にご相談ください。ケアマネージャーも相談に乗ってくれるはずです。
・訪問栄養指導も行います。他院かかりつけの患者さんへの訪問栄養指導も可能ですのでご相談ください。
内科外来(保険診療)
基本的には以前から診療を継続されて病状が安定している方々が対象です
・在宅訪問診療を行っているため、外来は週に一回、水曜日のみの診療としています。
・急性疾患の診療はマンパワーや検査機器の点から対応しておりません。
・内科のほかに整形外科・泌尿器科など長らく通院し同じ服薬だけの方はあわせて対応可能です。
・年に1-2回の病院受診と合わせた二人主治医性の対応可能です。継続的な受診ご希望の方はご相談ください。
・CT/MRI/内視鏡などの精密検査が必要な場合は島内の病院に依頼しており、入院や高度の専門医療が必要な可能性がある場合は迅速に紹介しております。
認知症相談(認知症疾患医療センター)
認知症が気になる方、またそのご家族が対象です
・ご相談のみの方は無料で、看護師あるいは医師が対応します。
・高血圧・糖尿病などの内科疾患がある方はあわせて対応できます。
助産師外来(2026年8月スタート)
授乳中のお母さんが対象です
・授乳について不安なことを直接助産師に相談できます。乳房マッサージの希望も受け付けます。
・30分かけてお一人お一人とゆったり向き合います。
・保険適用外で料金は1回3,000円です。
小児科外来(保険診療)
中学生以下の小児の方が対象です
・こどもの健やかな成長を見守る医療を行います。こどもの成長発達について気になることや、子育て相談なども受け付けております。
・30分かけてお一人お一人とゆったり向き合います。
・こども医療費受給資格者証をお持ちの方はご利用が可能です。
医療相談(自由診療)
高校生以上の大人の方が対象です
・薬に頼らない医療、自然医療の視点を含む統合的な医療を行い対応いたします。
・保険適用外で料金は15分3,000円、30分5,000円です(診断書の発行などは別途費用がかかります)。
オンライン診療(自由診療)
島外の方(小児・大人)が対象です
・基本的には対面での外来診療を行っていますが、石垣島外にお住まいの方に限りオンラインで医療相談が可能です。
・保険適用外で料金は30分7,500円です(診断書の発行などは別途費用がかかります)。
お問い合わせ
ぬちぐすい診療所
〒907-0004 沖縄県石垣市登野城623-6
TEL:0980-87-7931/FAX:0980-87-7932
WEB:https://nuchigusui-cl.com/
SNS: ❏ Facebook ❏ Instagram
〒907-0004 沖縄県石垣市登野城623-6
TEL:0980-87-7931/FAX:0980-87-7932
WEB:https://nuchigusui-cl.com/
SNS: ❏ Facebook ❏ Instagram
川﨑文香事務長のプロフィール|石垣島でぬちぐすい診療所を支える医療法人仁結会理事

経歴:
2009年 慶應大学法学部法律学科卒業、福澤諭吉記念文明塾0期生
2009年 アクセンチュア戦略グループ
2013年 一般社団法人臨床+α設立
2015年 沖縄県移住
2019年 石垣島移住
2021年 ぬちぐすい診療所設立 事務長就任、アクセンチュア退職
2024年 日本ユマニチュード学会事務局長就任、八重山ローカルSDGs推進協議会(現やいまDAO合同会社)理事就任
2026年 医療法人仁結会設立 理事就任
現在に至る
2009年 アクセンチュア戦略グループ
2013年 一般社団法人臨床+α設立
2015年 沖縄県移住
2019年 石垣島移住
2021年 ぬちぐすい診療所設立 事務長就任、アクセンチュア退職
2024年 日本ユマニチュード学会事務局長就任、八重山ローカルSDGs推進協議会(現やいまDAO合同会社)理事就任
2026年 医療法人仁結会設立 理事就任
現在に至る
今村昌幹院長のプロフィール|八重山の地域医療と訪問診療を支えてきた在宅専門医

経歴:
1981年 旭川医科大学卒業
1981年 沖縄県立中部病院ハワイ大学卒後研修プログラム
1985~2021年 沖縄県立八重山病院内科(内科部長、診療部長)
1990~2000年、2011~2019年 伊原間診療所にて石垣島北部地域の巡回診療
2021年 ぬちぐすい診療所設立 院長就任
現在に至る
1981年 沖縄県立中部病院ハワイ大学卒後研修プログラム
1985~2021年 沖縄県立八重山病院内科(内科部長、診療部長)
1990~2000年、2011~2019年 伊原間診療所にて石垣島北部地域の巡回診療
2021年 ぬちぐすい診療所設立 院長就任
現在に至る
資格・学会:
日本内科学会総合内科専門医
日本プライマリ・ケア連合学会 認定指導医
日本在宅医学会 在宅専門医
認知症サポート医
米国内科学会 上級会員
日本プライマリ・ケア連合学会 認定指導医
日本在宅医学会 在宅専門医
認知症サポート医
米国内科学会 上級会員
城所望医師のプロフィール|八重山諸島の離島医療と沖縄式リトリートを伝える医師

経歴:
1986年 浜松医科大学卒業
1986年 沖縄県立中部病院研修
1990年 沖縄県立八重山病院内科
1992年 与那国島町立診療所所長
1993年 舞鶴市民病院総合診療指導医、八重山病院
2015年 フリーランス医師として離島診療サポート
2026年 ぬちぐすい診療所
現在に至る
1986年 沖縄県立中部病院研修
1990年 沖縄県立八重山病院内科
1992年 与那国島町立診療所所長
1993年 舞鶴市民病院総合診療指導医、八重山病院
2015年 フリーランス医師として離島診療サポート
2026年 ぬちぐすい診療所
現在に至る
資格・学会:
日本内科学会認定産業医
離島医療とは?訪問診療・救急対応・在宅療養のよくある質問

Q1. 離島医療とは何ですか?
A. 離島医療とは、本土や都市部から離れた島しょ地域で提供される医療のことです。医療機関や専門職の数が限られるなかで、住民の健康管理、急病時の対応、慢性疾患の治療、在宅医療、看取りまでを支える役割があります。離島では、病気だけでなく、交通手段、天候、家族構成、地域の支え合いなど、暮らし全体を踏まえた医療が求められます。
Q2. 離島医療では、どのような課題がありますか?
A. 離島医療の主な課題には、医師・看護師などの医療人材不足、専門医療へのアクセスの難しさ、救急搬送に時間がかかること、天候による船や飛行機の欠航、医療・介護資源の限界などがあります。特に高齢化が進む地域では、通院が難しい方を支える訪問診療や訪問看護、介護サービスとの連携が重要になります。
Q3. 離島で訪問診療を受けることはできますか?
A. 地域の医療体制によりますが、離島でも訪問診療を受けられる場合があります。訪問診療では、通院が難しい方に対して医師が定期的に自宅や施設を訪問し、体調管理、薬の調整、療養相談、緊急時の対応、看取り支援などを行います。離島では移動や天候の影響を受けやすいため、早めに医療機関や地域包括支援センター、ケアマネジャーへ相談することが大切です。
Q4. 離島で急病や急変が起きた場合はどうなりますか?
A. 離島で急病や急変が起きた場合は、地域の診療所や救急体制、消防、必要に応じて本島・本土の医療機関と連携して対応します。症状や地域の状況によっては、船、航空機、ドクターヘリなどによる搬送が検討されることもあります。ただし、天候や時間帯によって搬送に制約が生じる可能性があるため、持病のある方や在宅療養中の方は、緊急時の連絡先や対応方針を事前に確認しておくことが重要です。
Q5. 離島で安心して暮らし続けるために必要な医療・介護の備えは何ですか?
A. 離島で安心して暮らし続けるためには、日頃から相談できる医療機関を持ち、服薬管理、定期受診、訪問診療や訪問看護の利用、介護サービスの調整などを早めに行うことが大切です。また、急変時の搬送方針、家族や近隣住民との連絡体制、地域包括支援センターやケアマネジャーとの連携も重要です。医療・介護・行政・地域がつながることで、限られた資源のなかでも安心して暮らせる体制づくりにつながります。
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