在宅医療における「食」の幸福感を支える多職種連携と歯科医師の役割 最終更新日:2024/12/14
「食」での幸福感の実現、訪問歯科・口腔ケアの普及啓蒙を目的として、1つのテーマに対して、歯科医、管理栄養士、言語聴覚士がそれぞれの立場にて解説する新たな企画「在宅医療における食の幸福感を目指して」。
1つ目のテーマは「在宅医療における「食」の幸福感を支える多職種連携と歯科医師の役割」と題して、歯科医の立場として、澁谷英介先生(澁谷歯科医院院長)により解説いただきました。
1つ目のテーマは「在宅医療における「食」の幸福感を支える多職種連携と歯科医師の役割」と題して、歯科医の立場として、澁谷英介先生(澁谷歯科医院院長)により解説いただきました。
はじめに
食事は生きるための基本的な営みであるだけでなく、人々に幸福感や充実感を与える重要な活動です。しかし、近年、日本では急速な高齢化に伴い、多くの方が加齢や病気によって「食べる」ことに困難を抱えています。特に、自宅で療養を続ける方々にとって、食事にまつわる課題は生活の質(QOL)に直結します。こうした現状を踏まえ、「おうちde医療」の歯科部門では、在宅訪問歯科診療や口腔ケアの普及啓蒙を通じて、「食」を軸とした幸福感の実現を目指します。
本稿では、歯科医師、管理栄養士、言語聴覚士の役割を総論として解説し、特に歯科医師が行う在宅訪問歯科診療、口腔ケアの重要性、嚥下障害への対応について述べます。この内容を通じて、訪問歯科診療の意義を深く理解していただくとともに、今後の活動へのモチベーションを提供します。
1. 在宅医療における多職種連携の必要性
在宅医療では、現場に集う多職種が連携して利用者の身体的、精神的、社会的な健康を支えることが求められます。以下では、歯科医師、管理栄養士、言語聴覚士の役割を概説します。
1-1. 歯科医師の役割
歯科医師は利用者の口腔内の健康維持と改善を主な任務とし、「食べる」「話す」「笑う」といった人間の基本的な生活行動を支えるための専門家です。特に在宅医療では、以下の業務を中心に活動します:
・虫歯や歯周病の治療:歯科ユニットを設置できない環境下でもポータブル機器を使用し、歯科治療を行います。
・義歯の調整と作製:嚙み合わせの改善や摂食機能の回復を目的に、義歯の調整や作製を行います。
・嚥下機能評価と治療:嚥下障害を持つ利用者に対して、口腔内の機能改善やリハビリテーションを提供します。
・口腔ケアの指導:利用者やその家族、介護スタッフに対し、適切な口腔ケアの方法を指導します。
1-2. 管理栄養士の役割
管理栄養士は、利用者の栄養状態を総合的に評価し、適切な食事プランを提供する専門家です。その具体的な役割は以下の通りです:
・栄養アセスメントと計画立案:血液検査や身体データをもとに、利用者の栄養状態を評価します。
・嚥下調整食の提案:利用者の嚥下機能に応じた食事形態(ペースト食、ミキサー食など)を提案し、栄養摂取を支援します。
・栄養教育:利用者や介護スタッフに対し、栄養バランスの重要性や調理法を指導します。
・食欲や栄養摂取の改善指導:味付けや見た目の工夫を通じて、食べる楽しみを促進します。
1-3. 言語聴覚士の役割
言語聴覚士は、摂食嚥下機能や言語コミュニケーションの維持・改善を担います。特に以下の業務が重要です:
・嚥下評価と訓練:利用者の飲み込む能力を評価し、適切なリハビリテーションを行います。
・摂食姿勢や方法の指導:嚥下を補助する姿勢や食べ方を指導し、安全な食事を支援します。
・嚥下リハビリテーション:筋力強化や嚥下反射の向上を目的とした訓練を行います。
・コミュニケーション支援:構音障害や失語症を持つ利用者に対して言語訓練を行い、意思疎通を円滑にします。
2. 歯科医師の行う在宅訪問歯科診療の実際
2-1. 訪問歯科診療の概要
訪問歯科診療は、通院が困難な利用者に対して、歯科医師が自宅や施設に赴いて治療やケアを提供する形態です。主なプロセスは以下の通りです:
1. 事前準備:利用者の健康状態や既往歴、現在の課題を確認した上で、訪問診療の目的や手順を計画します。
2. 診察と治療計画:口腔内の状況を評価し、最適な治療方針を策定します。
3. 治療の実施:虫歯や歯周病の治療、義歯調整、摂食機能の改善を行います。診療内容に応じて、継続的な治療やケアを提供します。義歯の調整や修理、摂食指導なども含まれます。
4. 定期フォローアップ:治療後も定期的に訪問し、口腔内の健康を維持します。
5. 家族、支援者への継続的な支援:療養しやすい持続的なメンテナンス法を指導します。
2-2. 訪問歯科診療の意義
・食事の楽しみの回復:義歯の調整や摂食機能の改善により、食べる喜びを取り戻します。
・誤嚥性肺炎の予防:口腔内の細菌を減少させ、感染リスクを軽減します。
・QOLの向上:健康的な口腔環境がコミュニケーションの円滑化や自尊心の向上につながります。
3. 口腔ケアの重要性
3-1. 口腔ケアの目的
口腔ケアは、食事や健康全般において重要な役割を果たします。その主な目的は以下の通りです:
・感染症の予防:口腔内の細菌が気管に入り込むことを防ぐため、歯磨きや義歯の清掃を徹底します。
・摂食機能の向上:むせや窒息を予防し、安全な食事を目指します。
・栄養状態の改善:口腔内の健康を保つことで、痛みや不快感を軽減し、食事摂取量を増やします。
・心理的効果:口腔ケアは清潔感を保ち、利用者の自己肯定感を高めます。
3-2. 実践的な口腔ケア
・歯磨きや義歯清掃を定期的に行う
・舌苔の除去や口腔保湿を行う
・介護者が積極的にケアをサポートする
4. 嚥下障害の概要とその対処法
4-1. 嚥下障害とは
嚥下障害は、食べ物や液体を飲み込む際に困難が生じる状態を指し、高齢者や神経疾患のある方に多く見られます。
4-2. 主なリスク
・誤嚥性肺炎:飲食物や唾液が気道に入ることで肺炎を引き起こすリスク。
・栄養不良:摂食困難が続くと、体重減少や低栄養状態を招きます。
4-3. 嚥下障害の主な原因
・加齢による嚥下関連筋の衰え
・脳血管障害や神経疾患による運動障害
・頭頸部がんや手術後の後遺症による機能障害
4-4. 主な症状
・食事中のむせや窒息
・食後の喉や胸の違和感
・食事摂取量の減少や体重減少を伴う低栄養状態
4-5. 対処法
・嚥下評価:VFやVEを用いて安全な食事形態を評価します。
・リハビリテーション:嚥下体操や咽頭筋のトレーニングを実施します。
・食事形態の調整:トロミ剤を用いた飲み物や嚥下調整食を導入します。
結論
在宅医療における「食」の幸福感を支えるためには、多職種が連携して利用者を総合的に支援することが不可欠です。歯科医師は、その中核を担い、口腔内の健康維持と摂食機能の改善を通じて利用者の生活の質向上に寄与します。「おうちde医療」を通じて、訪問歯科診療や口腔ケアがさらに普及し、多くの方が「食べる喜び」を取り戻す未来を目指しましょう。
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