鈴木五月|横浜市で介護離職防止に挑むワークサポートケアマネジャー|ペンタスケアマネジメント株式会社 最終更新日:2026/03/24

高齢化の進行とともに深刻化する「介護離職」。働きながら家族の介護を担う人が増える中で、仕事と介護の両立支援は社会的課題となっています。横浜市でこの課題に真正面から向き合っているのが、ペンタスケアマネジメント株式会社代表・鈴木五月氏です。ワークサポートケアマネジャーとして、企業と介護の現場をつなぎ、「ワークサポートかながわ」を通じた支援体制を構築。なぜ介護離職防止に取り組むのか、その原点と実践、そして今後の展望についてお話を伺いました。
介護離職防止の原点|認知症の祖父の介護が福祉の道を志したきっかけ
— 介護・福祉の道を志したきっかけをおしえてください。
私は長野県佐久市で生まれ、高校を卒業するまで地元で育ち、介護や福祉の仕事に関心を持つようになったのは、同居していた祖父が認知症を発症したことがきっかけでした。
祖父はもともと自由奔放な性格の人だったのですが、認知症の症状が進むにつれて行動がさらに予測できなくなり、義足で不安定な歩行なのに突然徘徊したり、黙って高速バスに乗って東京に住む叔母の家まで行ってしまったりすることがありました。
また、姿が見えないと思ったら、庭の梅の木の下でビールを飲んで寝ていたこともあり、家族としては常に気が抜けない状況でした。
祖父の状況と仕事のストレスにより、母は円形脱毛症になってしまうほどでした。
そんな母の姿や祖父の様子を見ているうちに、「もし自分の親が介護を必要とする状況になったとき、同じような苦労を繰り返したくない」という思いが芽生えるようになり、そのためにはまず介護や福祉についてきちんと学ぶ必要があるのではないかと考えるようになったのです。
ちょうどその頃、関東学院大学文学部社会学科に公募制推薦入試があり、高齢者福祉について学べる環境が整っていることを知りました。
そこで、大学では社会学とともに高齢者福祉について学びたいと思い、関東学院大学文学部社会学科へ進学しました。

— 大学進学の段階では、すでに福祉の仕事に進むことを決めていたのでしょうか。
介護福祉の分野を学ぶつもりで大学に進学したのですが、大学に在学している間に宅地建物取引士の資格も取得し、当時は「福祉の道に進むか、それとも不動産業界に進むか」という選択で少し悩んでいた時期もありました。
それというのも、私はもともと不動産の間取り図を見ることが好きで、渡辺篤史さんの「建もの探訪」のような住宅番組をよく見ており、住宅の構造や空間の使い方を見るのが純粋に楽しかったので、いつか不動産の仕事にも関わってみたいと思うこともありました。
しかし、社会福祉士の実習で特別養護老人ホームを訪れ、実際の介護の現場を経験したことで、気持ちが大きく変わりました。
利用者の方々と直接関わりながら介護の仕事を体験したとき、「やはり介護に携わりたい」という思いが強まり、最終的には福祉の道へ進むことを決意しました。
大学卒業後の進路については、いわゆる就職活動を本格的に行ったわけではなく、ゼミの教授からの紹介で横須賀にある社会福祉法人「恵徳会」への就職が決まりました。
当時の恵徳会は現在のような大規模な施設ではなく、山の上にある50床ほどの特別養護老人ホームでした。私が退職した後に横須賀中央駅近くへ移転し、施設規模や事業も拡大されたと聞いています。

— 入職された当初は、具体的にどのようなお仕事をされていたんですか?
大学4年生の9月か10月頃に面接を受け、その後まずはアルバイトとして週3〜4日ほど施設で働き始めました。
ちょうどその頃、前任の生活相談員が退職されたばかりで、介護リーダーの方が相談員業務を兼務している状況でしたので、アルバイトの段階からレセプト業務などの事務作業を少しずつ教えていただきながら仕事を覚えていきました。
そして大学を卒業し、社会福祉士の国家試験に合格して正式に入職すると、50名の入居者がいる施設で生活相談員が一人しかいないという状況の中、いきなりその役割を任されることになりました。
今振り返るとかなり思い切った配置だったと思いますが、当時は「この職種は自分一人」という環境の中で必死に仕事を覚えていくしかありませんでした。
業務内容は非常に幅広く、新しく入所される方の面談やご家族との調整はもちろん、当時は身寄りのない入所者の方の預かり金の管理、施設内の行事の企画や運営、入所者の方が入退院する際の付き添いなど、生活相談員として担う役割は多岐にわたっていました。
さらに当時はまだ車の免許を取得して間もない頃で、運転にもあまり慣れていませんでしたが、「病院まで付き添ってきて」と言われて車を出すことがあり、横須賀の地理もよく分からない状態で運転していました。
今のようにカーナビもなかったため、ゼンリンの住宅地図を広げ、それを頼りに目的地を探しながら移動していたのをよく覚えています。

— 入居者50名を一人で担当する生活相談員は大変だったのではないですか。
確かに仕事量は多かったのですが、入職してまだ1年目だったこともあり、施設長代理が大学のゼミの教授とつながりのある方だったため、とても大事に育ててもらったという実感があります。
周囲の職員の方々も温かくサポートしてくださったので、何とか仕事を続けることができましたが、入職して1年ほど経った頃に突然「来年からデイサービスを立ち上げるので、そちらに異動してほしい」と言われたんです。
施設の敷地内では、新しい建物が少しずつ完成していく様子を日々目にしていましたが、当時の私はデイサービスの相談員として働くつもりはまったくなく、どこか他人事のようにその光景を眺めていたのを覚えています。
ところが、気がついたときにはすでに異動が決まっており、気づけばデイサービスの相談員として新しい現場に関わることになっていました。
その頃の私は、将来自分で事業を立ち上げるなどということはまったく考えておらず、「これからも雇われる立場で仕事を続けていくのだろう」と、漠然とした将来像を思い描いていただけでした。
しかし、デイサービスの現場で利用者や家族と関わる中で、介護支援の奥深さやケアマネジメントの重要性に触れ、次第に仕事の面白さややりがいを強く感じるようになっていきました。
長距離通勤から転機へ|横浜市でワークサポートケアマネジャーとしての挑戦
— その後はどのくらいの期間、その職場で働かれていたのでしょうか。
合計すると11年ほど勤務していたことになりますが、その間には産休や育休も取得しており、家庭と仕事を両立しながらキャリアを続けていました。
2004年に異動した直後に妊娠が分かり、いわゆる「授かり婚」だったこともあって施設長や理事長をはじめ職場の皆さんもとても驚いていました。
しかし、当時すでに産休・育休を取得した前例があり、「育休を取って、戻って来なさい」と温かく声をかけていただき、安心して出産と育児に向き合うことができました。
復帰後すぐは保育園に入れず、家庭保育福祉員さんとその後夕方だけの預かりのお宅で長男は面倒を看てもらいました。時短勤務にしても、なかなかその時間では退勤できず、精神的に負担が生じて辞めたいと相談したこともありましたが、上司が「頑張れ」と背中を押してくれました。
その後、第2子、第3子でも産休・育休をいただくこととなり、恵徳会には感謝の念でいっぱいです。仕事と子育ての両立を支援してくれた恵徳会無くして、今の私はないと言っても過言ではありません。

復帰後は横浜市保土ヶ谷区から横須賀市まで、横浜横須賀道路を使って片道およそ30kmの距離を毎日通勤しており、子どもを保育園に預けてから高速道路を使って職場に向かう生活で、朝夕は時間との勝負のような毎日でしたが、当時はそれが当たり前だと思っていました。
ただ、さすがに主人から「遠すぎるのではないか」と心配されるようになり、実際に当時は片道900円ほどの高速代も自分で負担していたため、体力的にも経済的にも決して楽な状況ではありませんでした。
そんな時、主人が「横浜市港北区でデイサービスを立ち上げたい会社があり、現場を任せられる人を探しているらしい」という話を聞いてきてくれたことが、大きな転機となりました。
主人は当時、飲料メーカーに勤務しており、自動販売機の補充などの仕事でさまざまな事業所に出入りしていたのですが、訪問先での雑談の中で、「妻がデイサービスの仕事をしている」という話をしたところ、「ちょうどデイサービスの立ち上げを任せられる人材を探しているので、一度会ってみてはどうか」と勧められたそうです。
もちろん、その時点で転職を決めていたわけではなく、むしろ当時の職場はとても働きやすく、産休・育休も三度取得させてもらっていたことから、「ここまで支えてもらった職場を辞めるのは申し訳ない」という気持ちが強く、ずっとこの職場で働き続けるつもりでいたのです。
しかし、主人の紹介でお会いした社長、後に私の上司となる方と初めてお話しした時、その考えが大きく変わりました。
その方は私より一つ年下でしたが、看護師として現場で多くの経験を積まれてきた方で、立ち居振る舞いもとても美しく、まるでモデルのような雰囲気を持った魅力的な女性でした。
現場の苦労を知っているからこその言葉の重みや、人を引きつける力があり、「この人と一緒に仕事をしてみたい」と強く感じたことが、最終的に転職を決意するきっかけになりました。
— 実際に転職されたのはいつ頃だったのでしょうか?
2011年2月に転職し、同年4月のデイサービス開設に向けて準備を進めていましたが、開設直前の3月に東日本大震災が発生し、状況は一変しました。
当時は計画停電が実施され、さらにガソリン不足も深刻で、通勤用の車や送迎車の燃料を確保するためにガソリンスタンドで数時間並ばなければならないこともありました。
新規事業の立ち上げというだけでも大変な時期でしたが、社会全体が大きく揺れている中でのスタートとなり、非常に厳しい状況だったことを覚えています。
世の中の雰囲気としても「新しい施設がオープンするので大々的にイベントを行う」という状況ではなく、まずは震災の影響を乗り越えながら事業を継続していくことが最優先であり、利用者数が定員に近い状態まで増えるには、およそ2年ほどの時間がかかったと思います。
また、デイサービスは高齢者が利用するサービスであるため、どうしても利用者の入れ替わりがあり、常に集客は課題となります。
その中で、地域のケアマネジャーの方々との信頼関係を少しずつ築きながら、「この事業所なら安心して紹介できる」と思ってもらえるよう、日々工夫を重ねながら運営を続けていました。

— 2015年には居宅介護支援事業所も立ち上げられたそうですが、そのプロジェクトにも関わられたのでしょうか?
きっかけは社長からの一言で、「ケアマネの資格を持っているのなら、デイサービスの集客にもつながるから居宅介護支援事業所もやってみよう」という話になり、いわば半ば勢いのような形でスタートすることになりました。
第2子出産後、ケアマネの受験資格に必要な実務経験年数が経過したことをきっかけに、育児と仕事、勉強を両立して、2008年に介護支援専門員の資格を取得していました。その後もデイサービスでの生活相談員としての勤務が続いていましたが、ここへ来て思いがけずケアマネの資格が役立つこととなりました。
当時はまだ制度上、ケアマネジャーとしての経験がなくても管理者になることが可能だったため、書類の作成から行政への挨拶回りまで、ほとんど手探りの状態で準備を進めました。
ただ、デイサービスの運営を通じて地域のケアマネジャーの方々との関係がすでにできていたこともあり、ローカルルールを教えてもらったり、利用者を紹介していただくことも多く、結果的には比較的スムーズに立ち上げることができました。
準備期間はおよそ3か月ほどでしたが、当時はデイサービスの業務と兼務していたため、担当件数は急激に増やすのではなく、少しずつ無理のないペースで増やしていきました。
もともと居宅介護支援事業所は、あくまでデイサービスの入り口としての役割を想定していたため、ケアマネジャーは長い間私一人で担当していましたが、利用者にとって最も良いサービスを選ぶことを大切にしたかったので、自社サービスに無理に誘導するのではなく、合わない場合には他社のサービスを紹介するなど、「利用者ファースト」の姿勢で仕事をさせてもらえたことは、とてもありがたい環境だったと思います。

— その後、サービス付き高齢者向け住宅の立ち上げにも関わられたと伺いました。
サービス付き高齢者向け住宅の立ち上げも、社長の強い行動力によって実現したプロジェクトでした。
横浜市青葉区で進められた計画で、建物の1階にはドラッグストアが入り、その上の2階と3階がサービス付き高齢者向け住宅となり、さらにデイサービスと訪問介護事業所を併設する新設施設の開設に携わらせてもらいました。
新しい事業を一から立ち上げるというのは決して簡単ではなく、調整や準備に追われる日々でしたが、その分だけ多くの経験を積むことができました。
振り返ってみると、あの時期はデイサービス、居宅介護支援、そして高齢者住宅と、さまざまな事業の立ち上げに関わる機会をいただいた、とても貴重な期間だったと思います。
横浜市で始動|介護離職防止に向けた「ワークサポートかながわ」の取り組み
— これまでさまざまな事業の立ち上げに関わってこられましたが、その頃から独立を考えるようになったのでしょうか?
当時は独立を考えたことはまったくなく、むしろ自分では「私は一生、雇われて働くタイプの人間だ」と言い切っていたくらいで、会社の中で役割を果たしながら仕事を続けていくつもりでした。
しかし、2021年頃に新型コロナウイルスの流行が広がり、介護現場の状況は大きく変わり、未知のウイルスに対する不安が社会全体に広がる中で、利用者やその家族はもちろん、現場で働くスタッフも強い不安を抱えるようになりました。
感染対策の徹底や業務の見直しなど、現場では日々さまざまな判断を迫られますが、その過程で経営陣との考え方の違いや温度差を感じる場面が少しずつ増えていったのです。
私は当時、会社の役員という立場でもあったため、現場と経営の両方の責任を背負う立場にあり、その中で「このままでは自分自身が責任を負いきれないのではないか、スタッフを守りきれないのではないか」という思いが次第に強くなり、会社との距離の取り方を真剣に考えるようになりました。
また子育てにおいても、長男が大学生となり、お互いの生活リズムのずれから何日も顔を合わさない生活が続いており、自宅で居宅介護支援事業所を開業すれば、これまでいられなかった分、家にいる時間が作ることができ、子育ての最後の時期を逃さずに済むのではないかと考えました。自分自身も人生折り返しの時期に来ていると感じ、母として、ひとりの人間として、生き方を考えた時期でもありました。
そして最終的に、いったん組織から離れ、自分自身の責任で仕事をする道として独立を検討するようになり、社長に「自宅を拠点に開業したいと考えていること」と、「これまで担当してきた利用者については、可能であれば引き続き責任を持って支援を続けたい」という気持ちを率直に伝えました。
正直なところ反対される可能性もあると思っていましたが、意外にも「去る者は追わず」という形で理解を示していただき、円満に独立の準備を進めることができました。
とはいえ、これまで会社という組織の中で働いてきた私にとって、独立して事業を運営していくことには大きな不安もあり、事業の方向性を整理するために、横浜市が主催する女性起業家向けセミナー「たまご塾」に参加し、約4か月間にわたって事業計画の作成や経営の基礎について学びました。
その中で、自分が本当に取り組みたいテーマは何なのかを改めて考える機会があり、単にケアマネジャーとして居宅介護支援事業を行うだけではなく、これまでの経験を生かしながら、「仕事と介護の両立支援」という分野にも力を入れていきたいという思いが次第に明確になっていきました。同僚との話の中で、これまで育児と仕事の両立に必死で生きて来たけれども、次は親の介護との両立が私たちにとっての課題だねと話したことがきっかけにもなりました。
ちょうどその頃は子どもの進学が重なる時期でもあり、家庭の事情としても時間の融通を利かせやすい働き方を模索していたタイミングでしたので、そうした状況を主人に相談したところ、「いいんじゃない?やってみたら」と背中を押してくれたことも大きな支えになりました。
その後、2021年10月に法人を設立して本格的に開業準備を進め、翌2022年2月に横浜市で居宅介護支援事業所「ペンタスケアマネジメント」を開設しました。

— 社名の「ペンタス」には、どのような意味が込められているのでしょうか?
ペンタスという、星形の小さな花が集まって咲く、とても可愛らしい花があり、花びらが五枚あることから「ペンタ」という名前がついているのですが、そこに私の名前である「五月(さつき)」の「五」を重ねて、この社名を付けました。
一つ一つの花は小さくても、集まることで大きな花束のように見えるところが印象的で、人と人とのつながりの中で支援を広げていきたいという思いにも重なる名前だと感じています。

— 現在取り組まれている「ワークサポートケアマネジャー」の活動について教えてください。
ワークサポートケアマネジャーとは、簡単に言えば企業に対して「介護離職防止」の取り組みを支援する専門家で、日本介護支援専門員協会が認定している資格です。
働きながら家族の介護を担う人が仕事を辞めずに済むよう、企業側の体制づくりをサポートする役割を担っています。
介護は多くの人にとって突然直面する問題であり、何から始めればよいのか分からないというケースが少なくないため、制度や相談先などの基礎情報を整理して伝えることが最初のステップになります。
そこで、具体的な活動としては、まず企業の担当者や社員に向けて、介護に関する基本的な知識や制度について情報提供し、次に、実際に介護に直面している社員からの個別相談を受け、仕事と介護をどのように両立していくかについて具体的なアドバイスを行います。また、企業が従業員に対してどのように両立支援を推進していくかをまとめた「ワークサポートプランA」や、個々の従業員が仕事と介護の両立を行うために職場とどのように連携するかをまとめた「ワークサポートプランB」の作成も行います。
さらに、必要に応じて社会保険労務士や産業医と連携しながら、企業全体として介護離職を防ぐ仕組みづくりにも関わっていきます。
2025年の育児・介護休業法改正によって、企業にはこれまで以上に介護離職防止に向けた取り組みが求められており、現在は企業向けセミナーの開催や、社員の介護状況を把握するための実態調査アンケート、個別相談など、企業の状況に合わせた支援を行っています。

地域密着で支える介護離職防止|横浜市におけるワークサポートケアマネジャーの役割
— 対象エリアは神奈川県が中心なのでしょうか。
介護保険制度には自治体ごとに細かな運用の違い、いわゆる「ローカルルール」が存在しており、実際に支援を行う際には地域の制度や相談窓口を理解していることが非常に重要になるため、自分が責任を持って対応できる範囲として、神奈川県を中心に取り組んでいます。
実際に県内のある大手企業では、自社で介護離職防止の仕組みを作ろうとしたものの、制度や専門用語が難しく、担当者が半年ほどかけてようやく体制を整えたという話を聞きました。
企業側にとっても介護は専門外の分野であることが多いため、外部の専門家が関わることで、より効率的に仕組みを整えることができるのではないかと感じています。
現在は、来年度に向けた実態把握アンケートの導入などについて契約をいただく企業も出てきており、少しずつ活動の幅が広がっている状況です。

— どのような法人にサービスを利用してほしいと考えていますか?
基本的には、社員を大切にしたいと考えているさまざまな企業に利用していただきたいと思っています。
40代や50代といったベテラン層は、高齢の親の介護を理由に突然離職してしまうケースが多く、本人だけでなく企業にとっても大きな損失です。
本来であれば、社員が一人抜けただけでも職場への影響が大きい中小企業にこそ、このような支援を活用していただきたいと考えていますが、現状では制度への感度が高い大企業から相談をいただくことが多く、少しずつ事例を増やしながら認知を広げていく段階にあります。

— 認知拡大に向けて、今後取り組んでいきたいことはありますか?
現在特に力を入れているのが、社会保険労務士との連携であり、労務管理の専門家である社労士は、育児休業の手続きなどには非常に詳しいのですが、介護分野については制度が複雑なことから、「介護離職について相談があった時に、どのようにアドバイスすればよいのか分からない」という声を聞くことがあります。
一方で、「介護休業の給付金手続きはできるけれど、実際に仕事を辞めずにどう両立していくのか」という具体的なプランニングは、私たちケアマネジャーが日常的に行っている支援でもあります。
つまり、社労士とケアマネジャーが連携することで、企業に対してより実践的なサポートができるのではないかと考えており、現在は社労士への働きかけを少しずつ進め、来年度は神奈川県の社労士会にもアプローチしていく計画です。
また、私が運営している「ペンタスケアマネジメント」としても、保険会社と連携した共同セミナーの開催を予定しており、企業に向けた「介護離職防止」の取り組みをさらに広げていきたいと考えています。

— 数あるワークサポートケアマネジャーの中で、鈴木さんならではの強みはどのような点にあると感じていますか。
私自身が、育児と家庭を両立しながら長く仕事を続けてきた経験こそが大きな強みだと考えており、育休から復帰した後に子どもの発熱で急に仕事を休まなければならないことが何度もあり、そのたびに職場に対して申し訳ない気持ちや心苦しさを感じていました。
よく「育児と介護は違う」と言われますし、確かに制度や状況は異なりますが、時間のやりくりや周囲への気遣い、そして仕事を続けたいという思いと家庭の事情との間で揺れる気持ちなどは、「働きながら家庭の責任を果たす」という意味では共通する苦労も多いものです。
また、育児を通じて私自身がそうした経験をしてきたからこそ、「本当は仕事を続けたいのに、どうしてよいか分からずに辞めざるを得ない」という状況を少しでも減らしたいという思いがあります。
実は働きながら介護に直面している社員の方の中には、誰にも相談できずに一人で抱え込んでしまう方も多く、置かれている状況や気持ちに丁寧に寄り添いながら、現実的に続けられる働き方や介護の形を一緒に考えていくことが、私にできる支援だと思っています。

— 居宅介護支援事業所はお一人で運営されていると伺いましたが、利用者はどれくらい担当されているのでしょうか。
居宅介護支援事業所であるペンタスケアマネジメントでは、要支援と要介護を合わせて約60名の利用者を私一人で担当しており、件数だけを見ると多く感じられるかもしれませんが、自分としてはそれほど大変だとは感じていません。
それというのも、要介護の方については毎月訪問が必要ですが、要支援の方の場合は3か月に1回の訪問となるため、訪問のスケジュールを工夫することで無理なく対応できるようにしています。
長年ケアマネジャーとして仕事をしてきた経験の中で、訪問ルートをどのように組めば効率よく回れるのか、また事務作業をどのように簡略化すれば時間を有効に使えるのかという点を常に考え続けてきました。
例えば、訪問時の会話をAIレコーダーで録音し、その内容を介護ソフトに自動転記できる仕組みを導入することで、記録作成の時間を大きく短縮しているほか、利用者や関係事業所との連絡にはLINEやメールを活用し、できるだけ紙の書類を減らすなど、ペーパーレス化も進めています。
一人で運営している事業所だからこそ、新しい仕組みを取り入れる際に周囲に相談したり承認を得たりする必要がなく、「これは良さそうだ」と思ったものをすぐに試すことができます。
そうした柔軟さを生かしながら、時間をかけずに必要な支援を届けられる仕組みを作ること自体を楽しみながら仕事をしています。
私自身も長野にいる両親が80代となり、これから仕事と介護を両立していく必要性を感じており、ケアマネ業務との両立が無理なく行える体制づくりを常に心がけています。

— 「神奈川県内で活動されている「ワークサポートかながわ」についても教えてください。
「ワークサポートかながわ」は、神奈川県でワークサポートケアマネジャーの資格を取得したメンバーによって立ち上げた任意団体で、現在はケアマネジャー8名と、横須賀で活動している社会保険労務士1名の計9名で活動しています。
この団体では、企業や地域に対して「仕事と介護の両立支援」や介護離職防止の重要性を伝えるための啓発活動を行っており、昨年11月には、東大名誉教授の佐藤博樹先生をお招きし、仕事と介護の両立支援をテーマにした講演会を開催しました。
会場での参加とオンライン参加を合わせて約130名の方にご参加いただき、企業関係者や専門職の方から多くの反響をいただくことができました。
また、ワークサポートケアマネジャーの資格を取得したものの、「どのように活動を始めればよいのか分からない」という方も多いため、社会保険労務士の顧問先企業で無償セミナーを開催させていただくなど、実際の経験を積める機会を増やしていきたいと考えています。
神奈川県では、まだこの資格を持つケアマネジャーが多いとは言えませんが、企業の人材確保が課題となる中で、介護離職を防ぐ取り組みの重要性は今後ますます高まっていくと感じています。
ケアマネジャーにとっても新しい専門領域として活動の幅を広げることができますし、自分自身の新たな収入の柱を作るという意味でも非常に価値のある資格だと思っていますので、興味のあるケアマネジャーの方には、ぜひ挑戦していただきたいですね。

— 最後に、これからの目標や地域の方へのメッセージをお願いします。
私はこれからも、生涯一プレイヤーとして現場に立ち続けながら、企業の皆さんと一緒に介護離職防止の取り組みを作り上げていきたいと考えています。
介護の仕事は、人の人生に深く関わる仕事ですので、利用者の方やご家族と関わる中で、それぞれの人生の背景や物語に触れる機会が多くあります。
もともと私は読書が好きでよく本を読んでおり、仕事を始めてからは読書量が以前よりも減ってしまいましたが、それは決して忙しいからという理由だけではなく、「事実は小説より奇なり」と言われるように、現場で出会う出来事の方が本以上に濃密で、心を動かされることが多いからです。
また、ケアマネジャーの皆さんは日々の仕事の中で大変なことも多いと思いますが、一人で抱え込まず、つらい時には「つらい」と声に出してほしいと思っています。
そして地域にお住まいの皆さんも、専門職に早めに相談することで仕事と介護を両立しながら生活を続けるための方法がきっと見つかるはずですので、介護に関する悩みや困りごとがあれば、まずは地域包括支援センターや近くのケアマネジャーに相談してみてください。
ペンタスケアマネジメント株式会社では、「その人らしい暮らしを続けること」を大切にしたケアマネジメントを行っており、仕事と介護の両立に悩むご家族への支援にも力を入れており、働きながら介護を続ける方の負担を少しでも軽くできるようサポートしています。
地域の医療・介護サービスと連携しながら、一人ひとりに合った支援を迅速に提供しますので、介護に関することはどんな小さなことでもお気軽にご相談ください。
ペンタスケアマネジメント株式会社|横浜市で介護離職防止を支える事業概要

介護離職防止支援
仕事と介護の両立支援の専門家、
ワークサポートケアマネジャーが伴走します
提供サービス
・介護離職リスク診断
・実態把握調査
・介護の入り口セミナー
・管理職向けセミナー
・ワークサポートプランA、Bの作成
・個別相談
導入の流れ
ヒアリング → 現状分析 → 施策提案 → 実行支援
ワークサポートケアマネジャーとは
ワークサポートケアマネジャーは、仕事と介護の両立に悩む社員や企業を支援する専門家です。
介護離職という社会問題を背景に、介護の知識や制度、労働関係の法令などを学び、社員の相談や情報提供、社会資源の紹介や仲介などを行います。また、産業医や社会保険労務士などの他職種とも連携して、介護離職予防のための支援を行います。
ワークサポートケアマネジャーの資格は、日本介護支援専門員協会が認定しています。
日本介護支援専門員協会: ❏ ワークサポートケアマネジャーについて
ワークサポートケアマネジャーが伴走します
提供サービス
・介護離職リスク診断
・実態把握調査
・介護の入り口セミナー
・管理職向けセミナー
・ワークサポートプランA、Bの作成
・個別相談
導入の流れ
ヒアリング → 現状分析 → 施策提案 → 実行支援
ワークサポートケアマネジャーとは
ワークサポートケアマネジャーは、仕事と介護の両立に悩む社員や企業を支援する専門家です。
介護離職という社会問題を背景に、介護の知識や制度、労働関係の法令などを学び、社員の相談や情報提供、社会資源の紹介や仲介などを行います。また、産業医や社会保険労務士などの他職種とも連携して、介護離職予防のための支援を行います。
ワークサポートケアマネジャーの資格は、日本介護支援専門員協会が認定しています。
日本介護支援専門員協会: ❏ ワークサポートケアマネジャーについて
ワークサポートかながわ
「ワークサポートかながわ」は神奈川県内のワークサポートケアマネジャーが、事業所の垣根を越えて、神奈川県内の介護離職防止、仕事と介護の両立支援を推進するために作られた団体です。
当社の代表取締役である鈴木五月が代表を務めております。
現在、2026年度の講演会開催に向けて準備中です。
詳しくは、 ❏ こちらから
当社の代表取締役である鈴木五月が代表を務めております。
現在、2026年度の講演会開催に向けて準備中です。
詳しくは、 ❏ こちらから
居宅介護支援
概要:
居宅介護支援事業所は、ケアマネジャー(介護支援専門員)がご利用者様やご家族様に合ったケアプラン(居宅サービス計画)を作成し 事業者との連絡調整・紹介、要介護認定申請のお手伝い、施設や病院に関するご相談などのサービスを行う窓口です。
介護保険のサービスは、このケアプランにもとづいて提供されます。
・要介護認定をお持ちの方で、介護保険サービスのご利用を検討されている方、要支援から要介護になり引き続きサービスを利用したい方からなどのご依頼を承ります。
・携帯電話やメール、LINEを活用し、ケアマネジャーとの連絡が取りやすい環境をご用意しております。
・その方にとって必要と思われる保険外サービスのご提案も積極的に行います。
サービス内容:
ペンタスケアマネジメントでは、介護を必要とされる方のご依頼を受けて、居宅(在宅)サービスを適切にご利用できるように、次のサービスを行います。
①利用者様やご家族の心身の状況・環境・ご希望などを確認して、今後の生活を一緒に考えながら「ケアプラン(居宅サービス計画)」を作成します。
②サービス担当者会議(利用者様、ご家族、サービス担当者が集まって行う会議)を運営し、利用者様とサービス事業者との連絡調整などを行います。
③ケアプランに基づき居宅サービスが行われるよう、月に1回の訪問とモニタリング(再評価)をして継続的な管理と再評価を行います。
④居宅サービスの利用者様が介護保険施設などへの入所が必要となった場合には、施設への紹介を行います。
料金:
居宅介護支援事業者が行うサービスの費用は、すべて介護保険から給付されます。
(自己負担はありません)
対象エリア:
横浜市保土ヶ谷区、神奈川区の一部地域、港北区、青葉区
事業所:
ペンタスケアマネジメント(居宅介護支援事業所)
居宅介護支援事業所は、ケアマネジャー(介護支援専門員)がご利用者様やご家族様に合ったケアプラン(居宅サービス計画)を作成し 事業者との連絡調整・紹介、要介護認定申請のお手伝い、施設や病院に関するご相談などのサービスを行う窓口です。
介護保険のサービスは、このケアプランにもとづいて提供されます。
・要介護認定をお持ちの方で、介護保険サービスのご利用を検討されている方、要支援から要介護になり引き続きサービスを利用したい方からなどのご依頼を承ります。
・携帯電話やメール、LINEを活用し、ケアマネジャーとの連絡が取りやすい環境をご用意しております。
・その方にとって必要と思われる保険外サービスのご提案も積極的に行います。
サービス内容:
ペンタスケアマネジメントでは、介護を必要とされる方のご依頼を受けて、居宅(在宅)サービスを適切にご利用できるように、次のサービスを行います。
①利用者様やご家族の心身の状況・環境・ご希望などを確認して、今後の生活を一緒に考えながら「ケアプラン(居宅サービス計画)」を作成します。
②サービス担当者会議(利用者様、ご家族、サービス担当者が集まって行う会議)を運営し、利用者様とサービス事業者との連絡調整などを行います。
③ケアプランに基づき居宅サービスが行われるよう、月に1回の訪問とモニタリング(再評価)をして継続的な管理と再評価を行います。
④居宅サービスの利用者様が介護保険施設などへの入所が必要となった場合には、施設への紹介を行います。
料金:
居宅介護支援事業者が行うサービスの費用は、すべて介護保険から給付されます。
(自己負担はありません)
対象エリア:
横浜市保土ヶ谷区、神奈川区の一部地域、港北区、青葉区
事業所:
ペンタスケアマネジメント(居宅介護支援事業所)
お問い合わせ
ペンタスケアマネジメント株式会社
〒240-0041 神奈川県横浜市保土ヶ谷区東川島町62-2
TEL:050-5574-7802/FAX:045-330-0953
WEB:https://pentascare.com/
〒240-0041 神奈川県横浜市保土ヶ谷区東川島町62-2
TEL:050-5574-7802/FAX:045-330-0953
WEB:https://pentascare.com/

鈴木五月代表プロフィール|ワークサポートケアマネジャーとしての実績と想い

経歴:
2001年 関東学院大学文学部社会学科卒
2001年 社会福祉法人恵徳会入職 特別養護老人ホーム生活相談員
2002年 同法人 デイサービス生活相談員
2011年 (株)リブートプロジェクト デイサービス立ち上げ、生活相談員
2015年 居宅介護支援事業所立ち上げ、管理者・ケアマネジャー
2017年 サービス付き高齢者向け住宅立ち上げ、併設デイサービス、居宅介護支援事業所の管理者・ケアマネジャー
2021年 ペンタスケアマネジメント株式会社 設立
2022年 ペンタスケアマネジメント(居宅介護支援事業)開設
2025年 ワークサポートかながわ 代表
現在に至る
2001年 社会福祉法人恵徳会入職 特別養護老人ホーム生活相談員
2002年 同法人 デイサービス生活相談員
2011年 (株)リブートプロジェクト デイサービス立ち上げ、生活相談員
2015年 居宅介護支援事業所立ち上げ、管理者・ケアマネジャー
2017年 サービス付き高齢者向け住宅立ち上げ、併設デイサービス、居宅介護支援事業所の管理者・ケアマネジャー
2021年 ペンタスケアマネジメント株式会社 設立
2022年 ペンタスケアマネジメント(居宅介護支援事業)開設
2025年 ワークサポートかながわ 代表
現在に至る
資格・学会:
主任介護支援専門員
社会福祉士
ワークサポートケアマネジャー
産業ケアマネジャー2級
福祉住環境コーディネーター3級
宅地建物取引士
危険物取扱者乙4種
社会福祉士
ワークサポートケアマネジャー
産業ケアマネジャー2級
福祉住環境コーディネーター3級
宅地建物取引士
危険物取扱者乙4種
FAQ|介護離職防止とは?横浜市の支援制度とケアマネジャーの役割をわかりやすく解説
Q1. 介護離職防止とは具体的にどのような取り組みですか?
A. 介護離職防止とは、家族の介護を理由に仕事を辞めざるを得ない状況を防ぐ取り組みです。具体的には、ケアマネジャーによる介護サービスの調整だけでなく、企業側への理解促進や制度活用支援、働き方の調整などを含めた総合的な支援が求められます。
Q2. ワークサポートケアマネジャーとは何ですか?
A. ワークサポートケアマネジャーは、従来のケアマネジメントに加えて「就労継続」を重視した支援を行う専門職です。介護と仕事の両立を前提に、本人・家族・企業・医療介護職をつなぎながら、現実的な支援プランを構築します。
Q3. 横浜市での介護離職防止の特徴は何ですか?
A. 横浜市では地域資源が豊富である一方、情報の分断が課題となるケースもあります。そのため、地域密着での連携や、企業と介護現場をつなぐ仕組みづくりが重要であり、「ワークサポートかながわ」のような取り組みが大きな役割を担っています。
Q4. ワークサポートかながわとはどのような取り組みですか?
A. ワークサポートかながわは、働く世代の介護問題に対応するための支援ネットワークです。相談支援や情報提供に加え、企業・医療・介護の連携を促進し、介護離職を未然に防ぐ仕組みづくりを行っています。
Q5. 介護と仕事の両立に悩んだ場合、まず何をすべきですか?
A. まずは一人で抱え込まず、ケアマネジャーや地域包括支援センターなど専門職へ相談することが重要です。早期に相談することで、利用できる制度やサービスが明確になり、仕事を続けながら介護を行うための現実的な選択肢が広がります。