脳卒中後遺症・パーキンソン病に対応する訪問リハビリ|作業療法士田中光の挑戦 最終更新日:2025/08/24

脳卒中の後遺症やパーキンソン病などで「もっとリハビリを続けたい」と思っても、制度の枠で十分に受けられない方は少なくありません。訪問リハビリを行う「Journey Rehab」代表の田中光さんは、一人ひとりの生活に寄り添い、自費リハビリを通じて“自分らしい暮らし”を支えることを大切にしています。ご自宅で安心して続けられるリハビリの形を追求し、地域での新しい支援のあり方を提案しています。
「心と体のリハビリ」への魅力と制度の壁に直面した日々
— まず、田中さんが作業療法士という専門職を目指されたきっかけについて、お聞かせいただけますか?
高校時代、進路について考えていた時に、父から「理学療法士や作業療法士という仕事があるよ」と勧められたのが最初の出会いでした。私自身、卓球に打ち込んでいたこともあり、漠然とスポーツ選手のトレーナーのような仕事に憧れを抱いていたんです。ですから、当初は身体機能の回復を専門とする理学療法士に興味を惹かれました。

— お父様から勧められた時、すぐに関心を持たれたのですか?
はい。もともとパソコン作業のようなデスクワークよりは、人と直接関わる仕事がしたいという思いがありましたので、すんなりと興味を持ちました。ただ、理学療法士と作業療法士の違いは全く分かっていませんでしたね。
— そこから作業療法士の道を選ばれたのは、なぜだったのでしょうか。
決め手となったのは専門学校のオープンキャンパスです。そこで作業療法が「心と体のリハビリ」であると知り、その包括的なアプローチに大きな魅力を感じました。身体機能の訓練だけでなく、精神的な側面や、その人を取り巻く生活環境全体にまで働きかける学問だと知りました。例えば、料理や書道といった具体的な作業活動を通して、その人の「やりたい」という気持ちを尊重し、「できること」を増やしていく。その包括的な視点に大きな魅力を感じ、作業療法士の道へ進むことを決意しました。

— 専門学校をご卒業されてからは、どのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか。
地元の山口県で専門学校を卒業した後、上京して回復期リハビリテーション病院に就職しました。そこでは5年間、主に脳卒中を発症された患者さんのリハビリを担当しました。患者さんが日に日に回復していく姿を間近で見られることは、大きなやりがいでした。しかし同時に、医療保険制度の限界も痛感しました。脳卒中の場合、入院してリハビリを受けられる期間は発症から最大180日までと定められています。多くの患者さんがまだ回復の途上にあり、「もっとリハビリを続けたい」と強く願っているにもかかわらず、制度上の理由で退院せざるを得ない現実がありました。その度に、専門家として何もできない自分に歯がゆい思いを抱えていました。
— 医療保険適用下でのリハビリを経験された後、介護保険の分野に移られたのですね。そこでの経験はいかがでしたか?
同じ法人内の介護保険事業の部門へ異動し、訪問リハビリテーションと通所リハビリテーション(デイケア)を経験しました。ここで、在宅生活の厳しさを目の当たりにします。病院という整備された環境とは異なり、ご自宅では段差や狭い廊下など、生活を送る上での障壁が数多く存在します。医療保険から介護保険へ移行する中で生じるリハビリの質の変化や量の減少というギャップを埋めることの難しさを痛感し、在宅生活を支えることの重要性を再認識しました。

— 医療保険と介護保険、両方の現場を経験されたのですね。そこからなぜ、保険外のサービスに進まれたのでしょうか?
回復期病院で感じていた「もっとリハビリをしたい」という患者さんのニーズと、在宅で目の当たりにした生活課題。この二つを繋ぐサービスが必要だと強く感じるようになりました。そんな時、「脳卒中後遺症専門の自費リハビリ」というサービスの存在を知りました。保険制度の枠組みに縛られず、利用者さん一人ひとりの目標や生活スタイルに合わせて、時間や回数、内容を自由に設定できる。これこそが私が求めていた形だと確信し、その分野を専門とする企業へ転職しました。そこで3年ほど研鑽を積んだ後、より自分自身の裁量で、利用者さんと密接に関わり、自分の理想とするリハビリを追求したいという思いから、フリーランスとして1年間活動しました。
リハビリ難民と企業の健康問題、二つの社会課題解決を目指して
— フリーランスとして活動される中で、法人化を決意された大きなきっかけは何だったのでしょうか。
フリーランス時代に受けた一本の電話が大きな転機となりました。「父が脳梗塞で退院するのですが、リハビリを受けられる場所が見つからず困っています。どうしたら良いでしょうか」という、ご家族からの切実なご相談でした。まさに、私がこれまで問題意識を抱いてきた「リハビリ難民」という社会課題の存在を、改めて突きつけられた瞬間です。個人として目の前の方を支援することはできても、この大きな問題を根本的に解決することはできない。社会にこの問題を提起し、組織として仕組みを作っていく必要があると強く感じ、起業を決意しました。

— 「リハビリ難民」の問題が起業の直接的な動機になったのですね。もう一つの柱である「健康経営支援」にも着目されたのはなぜですか?一見すると、個人のリハビリとは異なる分野のように思えますが。
確かにそう思われるかもしれません。実は病院に勤めている頃から予防についての興味がありました。予防をすることで病気にならずにすむことや、ヘルスリテラシーの向上が重要なのではないかと考えていました。そこで業界でも健康経営支援といったサービスをしている人がいることがこの事業を知るきっかけとなりました。この分野を勉強していくうちに、多くの従業員が腰痛や肩こりといった、いわゆる「職業病」に悩まされている現実を知りました。特に運送業や建設業など、身体への負荷が高い職種では、この問題が従業員のパフォーマンス低下や離職に直結し、企業にとって深刻な労働損失となっている状況がありました。
この「職業病」という課題も、予防的なリハビリテーションの視点、つまり身体の正しい使い方やセルフケアの知識を専門家が提供することで解決できるはずだと考えたんです。「リハビリ難民」という個人の課題を解決するBtoCサービスと、企業の「健康経営」を支援するBtoBサービス。この二つの事業は、一見すると全く異なるものに見えますが、「予防」と「発症後のケア」という両面から人々の健康を支え、より良い社会の実現に貢献するという点で繋がっています。この両輪を事業として展開していくためには、個人事業主ではなく法人格を持つことが、社会的信用や今後の事業拡大の面で不可欠だと判断しました。
— 二つの大きな社会課題を解決したいという強い思いが起業につながったのですね。実際に起業するにあたって、どのような準備をされたのでしょうか。
まず、事業計画を練ることから始めました。特にBtoB事業である健康経営支援は、セラピストにとっては未知の領域です。どのようなサービスを提供すれば企業に価値を感じてもらえるのか、料金設定はどうするのかなど、手探りの状態でしたね。資金面に関しては、自己資金で賄いました。幸い、訪問リハビリは店舗を持つ必要がなく、初期投資を抑えられる点が大きなメリットでした。
人生の「旅」をリハビリで支える「Journey Rehab」
— 「Journey Rehab」という社名には、どのような想いが込められていますか。
弊社の理念は「全ての人が、その人らしい人生を歩み続けられる社会を創る」ことです。私は、人生は時に予期せぬ出来事が起こる長い「旅(Journey)」のようなものだと捉えています。病気や障がいによってその旅が中断されることがあっても、リハビリテーションを通じて再びその人らしい旅を続けていけるようにサポートしたい、という思いを社名に込めました。リハビリテーションというと機能回復訓練というイメージが強いかもしれませんが、本来は「再びその人らしく生きること」を支援する幅広い意味を持っています。その本質的な部分を社名から伝えられたらと思い、考えました。
— 現在の事業内容について、より具体的に教えていただけますか。
事業の柱は二つです。一つは、脳卒中後遺症をお持ちの方などを対象とした、自費の訪問リハビリテーションです。保険サービスでは難しい、週2回以上の集中的なリハビリにも対応しています。弊社の強みは、エビデンスベースド、つまり科学的根拠に基づいたリハビリを提供することです。世界的に標準とされている評価指標を用いて客観的に状態を評価し、その結果をグラフなどで「見える化」することにこだわっています。これにより、利用者様にも納得感を持ってリハビリに取り組んでいただけると考えています。

— 料金体系はどのようになっていますか?また、どのような方が主に利用されていますか?
料金は1時間あたり1万円から2万円程度が相場で、主な利用者様は、やはり脳卒中後遺症をお持ちで、病院を退院された後も意欲的にリハビリを続けたいと考えている方々です。その他にも、パーキンソン病などの難病の方や、整形外科疾患の方など、様々なニーズにお応えしています。

— もう一つの、健康経営支援事業はいかがでしょうか。
こちらは企業様向けのBtoBサービスです。従業員の職業病、特に腰痛や肩こりを予防・改善するためのプログラムを提供しています。まずは実際に職場に伺い、作業環境や業務内容を詳しく分析します。その上で、デスクワーク中心の企業様にはオフィスでできるストレッチ指導、運送業の企業様には腰を痛めない荷物の持ち上げ方の講習会など、各企業の特性に合わせたオーダーメイドの支援を行います。従業員一人ひとりの健康リテラシー向上を通じて、企業の生産性向上と離職率低下に貢献し、持続可能な経営をサポートします。
専門家として、専門知識を社会に還元する
— 事業を広めるために、SNSでの情報発信や交流会への参加といった外部活動も積極的に行われているそうですね。まず、SNSでの情報発信について、どのようなことを意識されていますか?
SEO対策を意識しており取り組んでいます。弊社のサイトが上位に表示されることを目指しています。医療系の情報は信頼性が非常に重要視されるため、必ず論文などの科学的根拠(エビデンス)に基づいて記事を作成し、参考文献を明記するようにしています。専門的な内容を、当事者の方やそのご家族にも分かりやすく伝えることを心がけており、この記事がきっかけでサービスを知ってくださる方も多いですね。
— 健康経営支援を広めるために、地域の経営者団体にも参加されているそうですね。どのような活動をされているのですか?
はい。千葉県内の経済団体に所属し、地域の経営者の方々との交流を深めています。健康経営はまだ新しい概念なので、まずはその重要性を知っていただくことが第一歩です。交流会などの場で、従業員の健康が企業の生産性や将来性にいかに直結するかを、具体的なデータを示しながらお伝えしています。そこで興味を持っていただいた企業様に、まずはモデルケースとして導入していただき、成功事例を作っていくことが当面の目標です。
— 医療・介護分野の交流会にも参加されているとのことですが、専門職同士の連携で感じることなどありますか?
松戸市で開催されている「松戸医介塾」など、多職種連携の会合には積極的に参加しています。医師や看護師、ケアマネジャーの方々と直接お話しすることで、自費リハビリという選択肢がまだ十分に知られていないという現状を改めて感じます。退院後のリハビリの選択肢として、介護保険サービス以外の選択肢があることを、もっと多くの医療・介護従事者の方に知っていただく必要があります。顔の見える関係を築き、いざという時に実際に相談してみようと思っていただけるよう、地道な活動を続けています。
リハビリの力で、全ての人が自分らしく生きられる未来へ
— 現在の在宅医療や介護の分野で感じている課題は何でしょうか。
最大の課題は、一般の方々の「医療リテラシー」、特に「予防」に対する意識がまだ低いことだと感じています。日本の医療は、病気になってからの「治療」には非常に優れていますが、「病気にならないための体づくり」という視点がまだ十分に浸透していません。高齢化が加速する中で、いかに健康寿命を延ばすかが社会全体の大きなテーマです。そのためには、もっと早い段階からの予防医療やセルフケアの重要性を、私たち専門家が伝えていく必要があると考えています。
— リハビリテーションに対する世間のイメージについて、課題に感じることはありますか?
「リハビリをすれば完全に元通りになる」という過剰な期待と、「もう年だから改善しない」という諦め、この両極端な考え方が存在します。その方の状態を的確に評価し、実現可能な目標を共有し、その上で最善の道筋を一緒に考えていく。そうした丁寧なコミュニケーションを通じて、利用者様ご自身が納得して自分の身体と向き合えるようサポートすることが重要だと感じています。

— そのような課題を踏まえ、どのような未来を目指していきたいですか。
病気や障がいを抱えても、その人らしい人生を諦める必要のない社会を作りたいです。そのためには、リハビリ難民や職業病といった、既存の制度だけでは解決が難しい課題に対して、弊社のような民間のサービスがしっかりと受け皿になる必要があると考えています。
将来的には、リハビリテーションという専門知識を、もっと広い分野で社会に還元していきたいです。例えば、子どもの発達支援や、スポーツ選手のパフォーマンス向上など、リハビリの知見が活かせる場面はまだまだたくさんあるはずです。医療や介護の枠を超えて、全ての人の「人生の旅」を豊かにする、そんな存在でありたいと思っています。
— 最後に、この記事を読んでいる地域住民の方々へメッセージをお願いします。
身体のことで何かお困りのことがあれば、どんな些細なことでも構いませんので、ぜひ一度ご相談ください。病院に行くほどではないけれど、何となく不調が続いている、といった状態でも大丈夫です。リハビリテーションという手段を通して、皆さんの「その人らしい人生」を歩み続けるためのお手伝いができればと思っています。一人で悩まず、まずはお気軽にお声がけください。
Journey Rehab

田中光代表のプロフィール
経歴:
2016年 山口コ・メディカル学院卒業
2016年 初台リハビリテーション病院
2021年 大手自費リハビリ会社
2024年 フリーランスとして独立
2025年 株式会社Journey Rehab創業
2016年 山口コ・メディカル学院卒業
2016年 初台リハビリテーション病院
2021年 大手自費リハビリ会社
2024年 フリーランスとして独立
2025年 株式会社Journey Rehab創業
保有資格:
作業療法士(国家資格)
認定作業療法士(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士前期課程 在籍
作業療法士(国家資格)
認定作業療法士(日本作業療法士協会)
東京都立大学大学院 人間健康科学研究科 作業療法学域 博士前期課程 在籍
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