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在宅医療における「食」の幸福感を支える多職種連携と言語聴覚士の役割 最終更新日:2025/01/09

在宅医療における食の幸福感を目指して
「食」での幸福感の実現、訪問歯科・口腔ケアの普及啓蒙を目的として、1つのテーマに対して、歯科医、管理栄養士、言語聴覚士がそれぞれの立場にて解説する新たな企画「在宅医療における食の幸福感を目指して」。
1つ目のテーマは「在宅医療における「食」の幸福感を支える多職種連携と言語聴覚士の役割」と題して、言語聴覚士の立場として、藤井友美言語聴覚士により解説いただきました。
はじめに
毎日、当たり前のように行われる「食」という行為がもたらす幸福は、日々健康に過ごす私たちでも感じることは多いものです。
美味しいものを味わったときの味覚の喜びだけでなく、焼けるような暑さに辟易した時の冷たい麦茶の一杯に身体が喜び、美しく彩られ形作られた芸術作品のような食事に目を奪われ、その匂いに心酔し、心地よい食感に感動することもしばしばでしょう。
そして、親しい人たちと食卓をにぎやかに囲んだ時の心の喜び。
このように「食」は、生物としてのエネルギー補給だけでなく、心にも大きく作用し、人生を豊かにしてくれる大切な要素であると言えるでしょう。
その「食」が、病気や事故、または加齢といった様々な理由により、困難となる状態が、摂食嚥下障害です。医療が発達した現代において、「食」が難しくなった状況でも、エネルギーを補給する手段として、点滴や胃ろうなど、多くの方法がとられています。そのおかげで、生命を維持し、日常生活を送れている方も多くいらっしゃいます。
一方で「食」の幸福感という点においては、課題が残ります。
言語聴覚士(Speech-Language-Hearing Therapist、SLHT)は、そのような「食」に課題のある方に寄り添い、特に、摂食嚥下障害のある方に、医師・歯科医師の指示のもと、「食」に必要な、舌や口、のど、呼吸や姿勢といった機能のリハビリや安全な食事方法のご提案をいたします。
その内容は、多岐にわたり、患者様や利用者様の障害の状態と、またご本人だけでなくご家族のご希望と状況に合わせて、「食」の幸福感をどのように得ていただくか、を個別に考えていくことが必要となります。
そのためには、他職種の連携が不可欠となります。
ご本人やご家族を中心とし、医師がリーダーとなり、歯科医師による歯科治療や嚥下評価、管理栄養士による適切な食事形態のご案内、ほか、看護師による全身状態の変化のチェック、理学療法士による呼吸や姿勢保持訓練、作業療法士による食事動作の訓練など、多くのスタッフがチームとなって関わって、「食」の幸せを実現していきます。
特に在宅での生活では、その人らしい「食」の幸福感を追及していくことが、大切な課題となります。
好きなものを、好きなように、好きな人と食べる。これらを、誤嚥性肺炎などのリスクを最小限にして、いかに提供していくことができるかを、チームで検討していくこととなります。
在宅では、訪問診療や訪問歯科診療、また訪問看護・リハビリ等が、利用者様宅に伺い、各自の役割を担い、連携していくこととなります。
「食」の幸福感と、同時に隣り合わせとなることもあるのが、誤嚥性肺炎のリスクです。場合によっては命を脅かすこともある怖い病気です。その微妙なバランスを、多職種が話し合いを重ね、提案していきます。
利用者様は、栄養状態が改善したり、訓練に励まれることで嚥下機能が改善していく場合もありますが、逆に病気の進行や衰弱により、機能が低下していく場合もあります。
その場合も、その状況に合わせた、「食」の幸福感を実感できるような方法を考え、提案していきます。具体的には、嚥下機能に合わせた食形態でありながらも、見た目に整った食事の提案や作成方法の提案、また、言語聴覚士は誤嚥のリスクを軽減できるような姿勢や介助方法、飲み込み方のご提案をいたします。
言語聴覚士は、「言語」と「聴覚」だけでなく、「食べる」という行為に深く関わる専門職です。また、その対象は乳幼児から超高齢者までと幅ひろく、「食べる」という行為が、生きるための営みそのものであることが分かります。そして、「食べること」は生命を維持するだけでなく、心の豊かさにも繋がる大切な「要」であることは、先述の通りです。
次からは、言語聴覚士が行うリハビリテーションの具体的な内容を個別に説明し、また在宅訪問リハビリテーションのメリットと課題、そして「食べる幸せ」を守るための取り組みについて解説します。
1. 言語聴覚士が行うリハビリテーションの種類と内容
1-1. 摂食嚥下リハビリテーション
摂食嚥下障害は、食べ物や飲み物を安全に飲み込むことが難しくなる状態を指します。このリハビリテーションでは、以下のアプローチを行います
●嚥下評価
唾液の嚥下の他、水やゼリーを利用して評価していきます。喉の動きだけでなく、タイミング、呼吸状態、発声の状態、口腔内の食渣など、多くの観察項目から、嚥下機能を評価していきます。また、医師や歯科医師の立ち合いのもと、ファイバースコープやX線などを用いて、患者がどのように飲み込んでいるかを詳しく観察し、問題の箇所を特定するという検査を実施することもあります。
●筋力トレーニング
舌や口腔内の筋肉、喉の筋肉を強化するためのエクササイズを指導します。
●食形態の調整
安全に飲み込みやすい食事の形態や濃度を提案し、窒息や誤嚥を防ぎます。
1-2. 発話・言語リハビリテーション
発声が困難な方や言葉を使うのが難しい方に対し、以下のサポートを行います
●構音・発声練習
脳卒中や事故、進行性神経疾患、また舌がんによる舌切除後等により、舌や口の動きが不十分であるために、話が不明瞭になったり、声が十分に出ない状態になったりします。その際、舌や口腔内の運動、また声帯や呼吸の動きを改善し、明瞭な発音ができるよう支援します。子どもの発音の癖や、吃音に対してもアプローチします。
●言語理解と表出の訓練
脳卒中や進行性疾患等で言語機能が低下した患者に対し、その状況を評価し、語彙や文法を再学習する訓練を提供します。また、言葉の発達が心配なお子さんへの発語の促進や語彙拡大のための関わりも提供いたします。
●代替コミュニケーション手段の提供
音声言語のみでは、コミュニケーションの伝達が不十分な方には、その方の言語の能力に合わせた絵カードや、デジタルデバイスを活用したコミュニケーション方法を提案します。
1-3. 聴覚リハビリテーション
聴力低下がある患者に、以下のような支援を行います
●補聴器の使用指導
補聴器を適切に装着し、最大限活用する方法を教えます。
●音の認識トレーニング
特定の音を聞き分けたり、言葉を理解したりする能力を訓練します。
2. 在宅訪問リハビリテーションの利点と欠点
 利点 
2-1-1. 患者の安心感
自宅という慣れ親しんだ環境でリハビリを受けることで、不安感を軽減した介入が可能です。また、ご家族がそばにいるということも、大きな安心感となります。
2-1-2. 移動の負担軽減
高齢者や身体的な制約がある方、また遠方で交通手段が制限される方が通院する手間を省けることも、大きなメリットです。
2-1-3. 生活に密着した支援
実際に患者が日々生活している場で、実践的なアドバイスが可能です。例えば、食事の際の姿勢や食器の工夫についても、普段からご利用されているベッドや食器類を利用して、具体的な提案ができます。
 欠点 
2-2-1. 設備の制限
病院に比べ、利用できる機器類が制限されるため、詳細な評価が難しい場合があります。
2-2-2. ご利用頻度の制限
病院などでは、場合によっては毎日介入して訓練に取り組める場合がありますが、訪問の場合は介入できる回数が週当たりで制限されていることがあります。
3. 「食べる幸せ」を守るための取り組み
「食べること」は、身体的な栄養補給に留まらず、人生を楽しむための重要な要素です。言語聴覚士のリハビリテーションは、患者の「食べる」力に寄り添い、その先の「幸福」を支える役割があります。
3-1. 誤嚥性肺炎を予防する支援
摂食嚥下障害により、誤嚥を頻繁に生じると誤嚥性肺炎を引き起こし、命の危険につながります。嚥下機能を改善したり、誤嚥リスクを軽減できるような方法をとることで、患者が安全に食べることを楽しめるようになります。
3-2. 食べる喜びの実現
嚥下機能が改善し飲み込みがスムーズになると、患者は家族や友人と一緒に食事を楽しむことができます。また、嚥下機能が徐々に低下する場合においても、その機能に合わせた、食事の形態や経口摂取方法の実施により、誤嚥のリスクを軽減して、味わうことを楽しむことができます。これにより、社会的なつながりが再構築され、生活の質が向上します。
3-3. 家族へのサポート
介護する家族にとっても、食事中のトラブルが減ることは大きな安心材料です。言語聴覚士は、家族がどのように食事を介助すれば良いか具体的な指導を行い、負担を軽減します。
終わりに
言語聴覚士は、患者の「食べる幸せ」を支える専門職種のひとつです。在宅訪問リハビリテーションを通じて、患者一人ひとりのニーズに合わせた個別的な支援を提供し、その人らしい生活を実現するお手伝いをしています。
これからも、私たちは「食べる」という人間の基本的な営みに真摯に関わり、「食」の幸福感を十分に感じていただき、豊かな人生のための支援を続けていきます。
関連リンク:
在宅医療における「食」の幸福感を支える多職種連携と歯科医師の役割
在宅医療における「食」の幸福感を支える多職種連携と管理栄養士の役割
 
執筆:
藤井友美(ふじいともみ)
藤井友美(ふじいともみ)
経歴:
埼玉大学教育学部小学校教員課程障害児学専修卒業
埼玉大学大学院教育学研究科障害児教育専攻修了
東京都神経科学総合研究所認知行動研究部門
日本福祉教育専門学校言語聴覚療法学科卒業
筑波メディカルセンター病院 リハビリテーション科
草加市立病院 リハビリテーション科
草加市社会福祉協議会 地域福祉課
東京都健康長寿医療センター リハビリテーション科
など
資格:
言語聴覚士(失語・高次脳機能障害認定、がんのリハビリテーション研修修了)
小学校教員免許状一種
養護学校専修免許状
アロマテラピー検定1級