最後まで食べるために=訪問歯科診療の意義とその活用法 最終更新日:2024/12/14
「食」での幸福感の実現、訪問歯科・口腔ケアの普及啓蒙を目的として、1つのテーマに対して、歯科医、管理栄養士、言語聴覚士がそれぞれの立場にて解説する新たな企画「在宅医療における食の幸福感を目指して」。
2つ目のテーマとして「最後まで食べるために=訪問歯科診療の意義とその活用法」と題して、歯科医の立場として、澁谷英介先生(澁谷歯科医院院長)により解説いただきました。
2つ目のテーマとして「最後まで食べるために=訪問歯科診療の意義とその活用法」と題して、歯科医の立場として、澁谷英介先生(澁谷歯科医院院長)により解説いただきました。
2022年時点の全人口の約3割が高齢者、2050年には約4割まで増加する予想
総務省の「人口推計」によると、2022年の65歳から74歳までの人口は約1,687万人、全人口に占める割合は13.5%、75歳以上の人口は約1,936万人、全人口に占める割合が15.5%で、全人口の約3割が高齢者となっています。
また、国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」によると、全人口に占める65歳から74歳までの割合は、2050年には13.9%となる見込みです。75歳以上の割合は増加が続き、2050年に23.2%に達し、およそ4人に1人が75歳以上となる見込みです。これがいわゆる2050年問題の中核です。
このように日本は超高齢社会に突入し、訪問歯科診療の重要性が急速に高まっています。「自分の口で最後まで食べる」という目標は、患者にとって食事の楽しみ以上の意味を持ちます。
これは自立した生活の体現であり、生活の質(QOL)を左右する要素でもあります。もととなる口腔機能を保つためには定期的な口腔健康管理が必要です。
しかし、通院が困難な高齢者や要介護者にとって、歯科診療を受ける機会は限られています。そこで、訪問歯科診療が重要な役割を果たすのです。
今回は、「予防」「義歯の修復」「むし歯の治療」の3つの観点から、訪問歯科診療の意義と具体的な取り組みを詳しく解説します。
1. 予防:口腔ケアによる全身の健康管理と誤嚥性肺炎の防止
訪問歯科診療の最も重要な役割の一つは、口腔内の衛生管理を通じて患者の全身の健康を守ることです。特に高齢者や要介護者にとっては、口腔ケアは単に歯を清潔に保つだけではなく、誤嚥性肺炎のリスクを減らす重要な医療行為となります。
誤嚥性肺炎は、高齢者の死亡原因の上位に挙げられる深刻な疾患です。口腔内の細菌や食べ物、飲み物、唾液などが気道に入り、肺に感染が広がることで発症します。体力や免疫力が低下している患者にとって、これは命に関わるリスクとなります。
訪問歯科診療では、歯科医師や歯科衛生士が患者の自宅や施設を訪問し、定期的な口腔清掃を実施します。具体的には、舌苔の除去や唾液腺マッサージ、プラークの除去などが行われます。これにより、口腔内の細菌数が減少し、呼吸器への感染リスクを大幅に低下させます。また、介護者に対しても、歯磨きの仕方や義歯の清掃方法を指導することで日常的なケアを充実させます。
さらに、訪問歯療診療では、摂食嚥下リハビリテーションの一環として、口腔体操や嚥下訓練も積極的に行われます。これらは口周りの筋肉を鍛え、飲み込む力を維持するためには重要です。嚥下機能が低下すると誤嚥リスクが高まりますが、継続的な訓練により誤嚥を防ぐことができます。
具体的なケースとして、80代の寝たきりの患者Aさんは、訪問歯科診療介入前は頻繁に誤嚥を繰り返し、肺炎を起こしていました。しかし、毎月1回の口腔ケアと嚥下訓練を続けた結果、誤嚥が大幅に減少し、食事を安全に楽しめるようになりました。このように、訪問歯科診療は単なる歯科治療の提供を超えて、患者の生命を守る重要な役割を果たしています。
2. 義歯の修復:快適な咀嚼環境が健康を支える
高齢者は歯牙を喪失している割合が多いため、適切な義歯の使用は健康の維持に直結します。特に全身疾患を抱える患者や要介護者は、義歯が合わなくなったり破損したりしても通院が難しいため、修理を後回しにすることが多いです。しかし、合わない義歯を使用し続けると、食べ物を噛む際に痛みが生じ、食事が不快になるだけでなく、栄養不足や体力の低下を引き起こします。
上下の歯牙が決まった位置で合わさることで下顎骨の位置が安定し、嚥下に必要なのどの周りの筋肉が協調して動くことが誤嚥を起こさない重要な要素です。
たとえ上下の歯が全て失われていても総義歯を使うことで嚥下をスムーズに行うことはできます。
訪問歯科診療では、患者の自宅で義歯の修理や調整を行います。たとえば、床の調整や維持装置の修理を即座に行うことで、痛みなく食事ができる状態を取り戻します。また、破損がひどい場合でも印象採得を行い、歯科技工所と連携して新しい義歯を作成します。
特に、寝たきりの患者や認知症患者には、装着が簡単で取り外しが容易な設計の義歯を提供することで、日常のケアをしやすくする工夫が求められます。例えば、90代の患者Bさんは、義歯が合わなくなり、食事が困難でしたが、訪問歯科診療による即日調整で痛みなく食べられるようになり、食欲も回復しました。
また、義歯の清掃方法についても訪問時に介護者へ指導します。適切な清掃が行われないと、義歯に細菌が繁殖し、口腔内の感染リスクが高まります。義歯を清潔に保つことは、誤嚥性肺炎の予防にもつながるため重要です。
3. むし歯の治療:痛みを取り除き、食事を楽しむ力を回復
高齢者においてもむし歯は重大な問題です。特に口腔ケアが不十分な場合、むし歯が進行し、食事の際に痛みや不快感が生じることがあります。これが原因で食事が億劫になり、栄養摂取量が不足するケースが見られます。
訪問歯科診療では、早期のむし歯治療を行うことで、痛みを速やかに除去します。移動式の歯科治療機器を使用し、麻酔を施したうえで、むし歯部分を除去し、充填処置を行います。訪問診療により、患者は通院する負担を負わずに適切な治療を受けることができます。
また、むし歯が重度の場合は、抜歯も行われます。その際も患者に最小限の負担を与えるよう、痛みを管理しながら慎重に治療を進めます。訪問歯科診療の対応によって、食事中の痛みから解放されることで、患者は再び食事を楽しめるようになります。
さらに、訪問歯科診療では、むし歯の再発を防ぐために予防的ケアを行います。フッ化物塗布や歯磨き指導を通じて、患者自身や介護者に適切なケア方法を伝えます。
まとめ:訪問歯科診療がもたらす価値と可能性
訪問歯科診療は、単に歯の治療を行うだけでなく、患者が「最後まで食べる」という生活の基本を支える重要な医療サービスです。「予防」「義歯の修復」「むし歯の治療」の3つの柱を通じて、患者の生活の質を向上させることができます。
歯科訪問診療を行っていない歯科医師の方々も、この分野の意義を理解し、積極的に取り組むことで、より多くの患者に新たな希望を届けられるでしょう。歯科医療の未来を切り拓くカギは、訪問歯科診療の実践にあるといえます。
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