がん治療と緩和ケアをつなぐ在宅医療|平本秀二×鶴田展大 対談 第2回 最終更新日:2026/11/05

患者さんが住み慣れた自宅で、自分らしく療養を続けるために。がん治療と緩和ケア、病院と在宅をつなぎ、必要な医療を届けるには、どのような視点や体制が求められるのでしょうか。
「おうちde医療」では、鶴田クリニック理事長の鶴田展大先生と、医療法人平和の森 ピースホームケアクリニック理事長の平本秀二先生による対談を通じて、在宅化学療法を含む、これからの在宅医療のあり方を考えています。
第1回では、鶴田先生が在宅医療の道へ進んだ背景や、地域に選ばれるクリニックづくりについて伺いました。第2回となる今回は、聞き手と語り手を交代し、鶴田先生が平本先生の歩みと医療への考え方に迫ります。
工学部から医学部への転身、腫瘍内科と緩和ケアの臨床・研究を経て、在宅医療へ。平本先生が大切にしてきた「治療から看取りまで伴走する」という姿勢をひもときながら、病院との連携、在宅医療におけるエビデンスの構築、AI時代の医療倫理、そして次世代への継承まで、議論を深めていきます。
「おうちde医療」では、鶴田クリニック理事長の鶴田展大先生と、医療法人平和の森 ピースホームケアクリニック理事長の平本秀二先生による対談を通じて、在宅化学療法を含む、これからの在宅医療のあり方を考えています。
第1回では、鶴田先生が在宅医療の道へ進んだ背景や、地域に選ばれるクリニックづくりについて伺いました。第2回となる今回は、聞き手と語り手を交代し、鶴田先生が平本先生の歩みと医療への考え方に迫ります。
工学部から医学部への転身、腫瘍内科と緩和ケアの臨床・研究を経て、在宅医療へ。平本先生が大切にしてきた「治療から看取りまで伴走する」という姿勢をひもときながら、病院との連携、在宅医療におけるエビデンスの構築、AI時代の医療倫理、そして次世代への継承まで、議論を深めていきます。
平本秀二先生の歩み|工学部から医学部へ、腫瘍内科・緩和ケアとの出会い
鶴田 前回は、ピースホームケアクリニックの平本秀二先生にファシリテーターを務めていただき、私が勤務医から在宅医療の道へ進んだ背景や、クリニック立ち上げの経緯についてお話しさせていただきました。
今回は役割をバトンタッチして、私から平本先生のこれまでのキャリアや、現在取り組まれている在宅医療のお仕事について、じっくりと掘り下げて伺っていきたいと思います。前回も少し触れていただきましたが、改めて平本先生から自己紹介をお願いできますでしょうか。
平本 はい、よろしくお願いいたします。私は広島県の出身なのですが、実は医学部へ進学する前に、工学部に2年ほど在籍していたという少し変わった経歴を持っています。そのため、物事の考え方のベースが結構工学寄りなんです。数学や統計、あるいは今のAI技術の基盤となっているベクトルや行列といった概念にも馴染みがあり、論理的に物事を捉えるのが得意だったりします。そうした背景を持ったまま、縁あって現在の大阪公立大学の医学部に入り直し、2003年に卒業して医師としての歩みをスタートさせました。
鶴田 工学部から医学部への転身、まさに異色の経歴ですね。論理的な思考が得意なのはそこから来ているのですね。医師になられてからはどのような道を歩まれたのですか?
平本 医師としてのキャリアは、京都の病院での消化器内科医からスタートしました。当時は「凄腕の内視鏡医になるんだ」と意気込み、内視鏡をはじめとする手技の習得に明け暮れる日々を送っていました。
しかし、徐々に様々ながん薬物療法を任される機会が増えてきたことで、私の中に大きな変化が生まれました。当時はまだ有効な抗がん剤が少なく、メラノーマ(悪性黒色腫)の患者さんなどを診察する中で、治療の限界を突きつけられることが何度もありました。厳しい状況にある患者さんを目の当たりにして、「なんとかもっと良い治療を提供できないものか」と強いもどかしさを感じるようになったんです。その「目の前の患者さんを救いたい」という切実な思いが原動力となり、その後の腫瘍内科という新たな分野へと突き動かされていきました。

鶴田 目の前の患者さんを何とか救いたいという強い想いが、がん治療への道を切り開いたのですね。そこから、現在の大きな強みとされている緩和ケアとの出会いはどういった形だったのでしょうか?
平本 腫瘍内科医としての本格的なトレーニングを積もうと、2011年に三菱京都病院へ移った時のことです。面接で当時の部長から「ところで先生、緩和ケアには興味ありますか?」と聞かれたんです。正直、そこまで深く考えていなかったのですが、「ここはあると言っておいた方がいいだろうな」と直感して、「はい、あります!」と答えたんですよ。 そうしたら入職後に、「あの時、もしあなたがノーと言っていたら採用するつもりはありませんでした」と明かされまして……。本当に「イエスと言っておいて良かった!」と冷や汗をかきました(笑)。
鶴田 それは本当に危機一髪でしたね(笑)。でも、その時の直感とご縁があったからこそ、現在の平本先生がいらっしゃるわけですね。
平本 本当にそうですね。 実は当時入職した三菱京都病院は、腫瘍内科としてのがん治療と緩和ケアを同時進行で学べる、日本でも数少ない非常に恵まれた環境だったんです。 がんの治療を最前線で行いながら、並行して緩和ケア病棟の患者さんにも深く向き合う。そうした経験を積めたことが、現在の私の医療における確固たる土台になっていますね。
その後、現場での臨床だけでなくアカデミックな研究の分野にも力を入れたいと考え、2013年からは国立がん研究センターへ国内留学という形で行かせてもらいました。そこで消化管内科の加藤健先生にご指導いただき、食道がんの「CF療法」に関するデータをまとめた自身初となる論文を執筆して、海外の学会でも発表させていただきました。

鶴田 当時の食道がんは「みなし標準治療」であり、まだ確固たる標準治療が定まっていない時代でしたよね。 そんなエビデンスのない手探りの領域において、一つの明確な道標を作ったあのCF療法の論文は、同じ腫瘍内科医の目線から見ても、本当に歴史的な功績だと感じています。
さらに素晴らしいのは、そこで立ち止まることなくMBAや医学博士号を取得されるなど、常に新しい学びを探求し続けていらっしゃることです。歩みを止めずに進化し続けるその圧倒的なバイタリティには、私自身も大きな刺激を受けています。
がん治療と緩和ケアの統合|治療開始から看取りまで患者さんに伴走する
鶴田 先ほどのお話にもありましたが、平本先生の大きな強みである「がん治療と緩和ケアの統合」について、さらに詳しくお聞かせください。
平本 きっかけは、先ほどお話しした三菱京都病院での経験が大きかったですね。 そこでは「がん患者さんが来られたら、がん薬物療法から最後の看取りまで、すべて自分が主治医として診るんだ」という、ある意味で退路を断つような強い覚悟を持って日々の臨床に向き合っていました。多くの患者さんの最期に深く寄り添う中で、「最初の治療段階でこういう説明をしておけばよかった」と後になって気づかされることが数多くありました。一方で、終末期に患者さんが何を大切にされていたのかを知ることで、もっと早い段階から治療の選択肢や目標を考え直すこともできるようになりました。
そうした経験を重ねるうちに、がん治療と緩和ケアは、本来別々の医療ではないのだと気づいたんです。がん薬物療法にも症状を緩和する役割がありますし、緩和ケアも治療の初期から患者さんを支えるものです。つまり、「治療か緩和か」という二者択一ではなく、どちらも患者さんの生命と生活を支えるための医療なんですよね。治療の始まりと人生の最終段階を行き来しながら学ぶことができたのが、私にとって非常に大きな経験だったと思います。

鶴田 ただ、そうした治療から緩和への移行期に関するデータやエビデンスって、世界的に見てもまだまだ少ないのが現状ですよね。
平本 おっしゃる通りです。 世の中にはがんの治療に特化した素晴らしい研究や、終末期の緩和ケアに特化した研究は数多くありますが、その「治療」と「緩和」の両方にまたがるような領域の研究となると、世界的に見ても本当に少なかったんです。
そこで私は、がんセンターで学んだ研究手法を活かし、最終ラインの治療を終えた終末期の患者さんに「あとどれくらいの時間が残されているのか」を予測する、「予後予測因子」に関する研究を行いました。幸いなことに、この研究をまとめた論文は2018年にESMO(欧州臨床腫瘍学会)で発表することができ、現在でも多くの方々に引用していただいています。
鶴田 とても凄いことですよね。しかもESMOでアワードも受賞されたとお聞きしました。
平本 ええ。実は2018年に、ESMOでがん治療と緩和ケアを統合して実践している施設へアワードが贈られることになり、日本で初めて受賞するという素晴らしい機会に恵まれたんです。その時日本から選ばれたのは、国立がん研究センター東病院、千葉県がんセンター、そして私が所属していた三菱京都病院のわずか3施設だけでした。
授賞式では、世界的な緩和ケアの権威であるシュタイン・カーサ先生の隣で写真を撮らせていただき、あの光景は本当に夢のようで、私にとって一生の宝物になっています。

鶴田 在宅医療の現場で、そうした研究への熱いマインドを持ち続けている先生は本当に貴重だと思います。
私自身も以前、妊娠中の若い女性が胃がんになられたケースを経験したことがあります。 「お腹の赤ちゃんをどうするか、がんの治療をどう進めるか」という正解のない問いに対して、それぞれの科の医師がそれぞれの正義や想いを持っているため、カンファレンスでも大いに議論になりました。
平本 それは医療者としても非常に悩み、胸の痛むケースですね。
鶴田 はい。その時、もし海外のケースレポートでも一つあれば、それを拠り所として「こういう報告もあるから、この方法も検討してみませんか?」と、少しでも前向きな議論ができたはずなんです。
エビデンスがないと、どうしても個人の経験や価値観だけで答えを探すことになり、ゴールが見えにくくなってしまう。だからこそ、平本先生のようにがん治療と緩和ケアの間をつなぐエビデンスを構築し、みんなが共通の言語で語り合える「道標」を作っていく活動は、これからの医療にとって本当に大切な財産になると思っています。
平本 ありがとうございます。 私自身、これからもそうしたマインドを絶対に絶やしたくないと思っています。 今は自分で研究を主導するのは時間的になかなか難しい部分もありますが、若い先生たちに「一緒にやってみない?」と声をかけながら、次世代へしっかりとバトンを渡していくことに力を注いでいきたいですね。
在宅医療と病院の連携|患者さんの希望を支えるメタ認知と多角的な視点
鶴田 先ほどのエビデンスと経験のお話にも通じますが、医療の現場では「治療と緩和」、「病院と在宅」といった対立構造がどうしても生まれがちですよね。 そうしたジレンマに対して、平本先生は現場でどのように向き合っていらっしゃいますか?
平本 私は哲学的な思考が好きでよく本を読むのですが、特にジャック・デリダという哲学者の「脱構築」という考え方に影響を受けています。私たちは物事を理解するとき、どうしても「治療か緩和か」「病院か在宅か」「科学か倫理か」といった二項対立で捉えがちですよね。しかし、そうした対立は必ずしも物事の本質を表しているわけではなく、私たちが作り上げた制度や価値観、あるいは思考の枠組みによって生まれていることも多いと思うんです。
例えば、「病院で治療するか、在宅で緩和ケアをするか」という問いを立てた瞬間に、病院は治療する場所、在宅は看取りをする場所という暗黙の前提が入り込んでしまいます。でも、患者さんにとって本当に重要なのは、場所そのものではなく、必要な医療を受けながら、どのように生きていけるかということですよね。ですから、私は「病院か在宅か」といった社会の構造や前提を頭の中で一旦取り払い、できるだけフラットな視点で考えるようにしています。
鶴田 患者さんにとって何が最善かを考える上で、立場にとらわれないフラットな視点を持つことは本当に大切ですね。
平本 ええ。そのためには「メタ認知(自分自身を客観的に見る能力)」を鍛えることが必要だと思っています。在宅医療の現場には様々な職種の方が関わっているので、「患者さんの立場ならどう感じるか」「他の医療者からはどう見えるか」と、多様な地平から物事を見る視点がとても重要なんですよね。

鶴田 なるほど。その多角的な視点というお話で思い出したのですが、在宅医療の現場では、病院との連携で悩むことも少なくありません。例えば、在宅で緩和ケアを受けている患者さんが胆管炎などを起こした時、腫瘍内科医としての視点があると「もう一度病院で処置を受ければ、もう少し穏やかな時間を長く過ごせるのではないか」と気づくことがあります。しかし、いざ病院に相談すると「もう緩和ケアに移行したのになぜ送ってくるんだ」と、難色を示されてしまうケースがあるんですよね。
平本 それは本当によくあるケースですよね。そういう時、私は医学的な「正しさ」だけを前面に出しすぎないように気をつけています。エビデンスに基づけばこうすべきだ、という想いはもちろんありますが、地域の医療資源や受け入れ側のハードルは施設によって異なりますからね。
鶴田 病院側には病院側の事情があるということですよね。
平本 そうなんです。例えば規模の大きな総合病院などでは、次々と急性期の患者さんを受け入れなければならない事情があります。ですから、いざという時に「在宅で看る約束だったのでは」と板挟みになってしまうことも正直あります。ただ、それでも最終的には「患者さんの権利と希望を守る」ということを一番の軸にしています。 もちろん、患者さんの希望だけですべてが決まるわけではなく、医学的な妥当性や医療資源の制約も考慮する必要があります。だからこそ、患者さん、在宅医、病院のそれぞれの立場を理解しながら、できるだけ納得できる最善の選択肢を探っていきたいと思っています。
鶴田 よく分かります。腫瘍内科医が緩和ケアを行う難しさって、まさにそこですよね。 治療の選択肢が見えてしまうからこそ、かえって病院に紹介しづらくなったり、相手との調整に悩んだりする。 エビデンスのない世界での地域連携は個別要因が大きく、本当に難しい課題ですが、平本先生のように相手の立場を理解しながら最適解を探る姿勢は、私たち在宅医にとっても非常に大きな学びになりますね。
在宅医療の未来|ホスピタル・アット・ホームとAI時代の医療倫理
— ホスピタル・アット・ホームに必要なエビデンスと医療倫理
鶴田 ここからは、これからの医療業界の展望や、次世代の育成について伺っていきたいと思います。 激動の時代を迎える中で、平本先生はどのような未来を描いていらっしゃいますか?
平本 実はこれについては、鶴田展大先生の発信にも大きく影響を受けている部分があるんです。
ご存知の通り、現在、国が病床削減を進めるなど、病院の役割が大きく変化しようとしています。日本の相対的な国力が変化し、さらにはAIが台頭してくる中で、これからの医療提供体制は大きく見直されることになるでしょう。その際、社会から在宅医療に求められる期待は非常に大きくなります。これまで病院で診ていたような急性期や亜急性期の患者さんを在宅でケアする、いわゆる「ホスピタル・アット・ホーム」の概念が、今後の時代には絶対に必要不可欠になってくると考えているんです。
鶴田 確かに、病院のベッド数が限られていく中で、地域の受け皿として我々在宅医が担う役割は計り知れませんよね。その未来に向けて、具体的にどのようなアプローチが必要だとお考えですか?
平本 私は、ホスピタル・アット・ホームを推進する上で最も重要なのは「エビデンスの構築」だと考えています。病院医療では疾患ごとに診療ガイドラインや治療の標準化が進んでいますが、在宅医療では、患者さんの意思や生活を尊重する一方で、医学的な適応や安全性、病院への搬送基準などが十分に標準化されていない領域もあります。もちろん患者さんの自律は重要ですが、患者さんの希望を尊重することと、医学的に適切な医療を提供することは対立するものではありません。
エビデンスによって医学的な選択肢とその限界を明確にし、その上で患者さんの価値観や人生の意味、家族や地域の状況を踏まえて、何がその人にとって最善なのかを一緒に考えていく。ホスピタル・アット・ホームを在宅医療にビルトインするなら、そうしたエビデンスと医療倫理の統合こそが、これからの時代、不可欠だと思っています。

— 医療AIの活用で問われる説明責任と人間性
鶴田 医学的な裏付けのないまま意思決定だけが先行してしまうことへの危機感ですね。先ほど「医療倫理」という言葉が出ましたが、これから医療現場にAIなどのテクノロジーが本格的に導入されるようになると、私たちが直面する倫理的な課題も大きく変わってくるはずです。そうした「AI時代の倫理観」については、どのようにお考えでしょうか。
平本 私自身在宅分野においてもエビデンスやガイドラインが大事であるとしながらも、そこも、非常に大きな課題だと感じています。現在の医療現場における倫理観は、1970年代から80年代に提唱された「4原則(善行・無危害・自律・正義)」がベースになっていますよね。これ自体は非常に大切な考え方なのですが、これからAIが医療の意思決定に深く関わってくる新しい時代を迎えるにあたり、この古い枠組みだけでは到底対応しきれない複雑な問題に直面するはずなんです。
実際、世界的な動きとして、WHOが2021年に「AI倫理6原則」を発表し、2025年にはさらにLLM(大規模言語モデル)に特化したバージョンも出しています。つまり、医療技術が劇的に進化していく中で、私たちが拠り所とする倫理観やルール自体も、時代に合わせてアップデートしていかなければならない局面にきているということなんです。

鶴田 そのような指針がすでに世界規模で出ているのですね。 新しい技術が社会実装されるタイミングだからこそ、古いルールのまま進むのは非常に危険だということですね。
平本 その通りです。例えば、医療にAIを導入する上で最大の壁になるのが、AI特有の「ブラックボックス化」です。AIが優れた答えを出したとしても、そこに至るプロセスが分からなければ、私たち医師は患者さんに「なぜこの治療法が良いのか」をきちんと説明できませんよね。
万が一何か問題が起きた時に「AIがそう判断したから」では当然済まされず、我々医療者には重い説明責任が伴います。では、この見えないプロセスをどうやって担保すればいいのか。それが、まさに私たちが取り組んでいるような「臨床研究」なんです。答えに至る過程がブラックボックスであっても、研究を通してエビデンスを構築し、事実を構造化して「見える化」していく。
AIが医療の意思決定に関わってくる時代だからこそ、そうした地に足のついた研究の姿勢がこれまで以上に重要になってきます。そして同時に、テクノロジーが高度に進化すればするほど、医療における人間性が失われないよう、我々自身の根底にある倫理観や哲学をしっかりと議論し、組み込んでいくことが不可欠だと考えています。
— 腫瘍内科の知見を活かす緩和ケア|生物学的な視点とQOL
鶴田 技術が進歩し、社会の仕組みが変わるからこそ、そうした医師としての倫理観や哲学がより深く問われる時代になるのですね。
先ほど、在宅医療の現場にエビデンスを構築していくというお話がありましたが、腫瘍内科医の視点から見て、今後の緩和ケア分野に足りないものは何だとお感じになりますか?
平本 私は、これからの緩和ケアには腫瘍内科医ならではの「バイオロジカル(生物学的)」な視点がもっと必要だと強く感じています。というのも、現在の緩和ケアはどうしても「痛みがあるからこの鎮痛薬を使いましょう」といった、症状に対するアプローチが中心になりがちなんですね。
しかし、本来はもっと根本的な切り口があるはずなんです。例えば、「この遺伝子変異を持っている方はこういう痛みが強く出やすい」とか、「免疫チェックポイント阻害剤を使用している方に特定の薬を使うと効きにくい」といったように、生物学的な背景に基づいた見立てができるようになれば、アプローチは大きく変わりますよね。たとえ終末期の患者さんであっても、そうした科学的な視点を持って状態を細かく切り分けることができれば、ケアの精度はさらに高められるはずなのです。今はまさにそうした新しい視点からのエビデンス構築に取り組みたいと考えているところです。
鶴田 おっしゃる通りですね。私も腫瘍内科医として、その視点は非常に重要だと感じています。というのも、がんの症状は遺伝子の特性によって現れやすい部位が大きく異なるからです。 例えば、乳がんの中でも「HER2陽性」のタイプは脳転移を起こしやすかったり、肺がんの「ALK陽性」は発見された時点ですでに4割近い方に脳転移が見られたりしますよね。こうした腫瘍内科ならではのバイオロジカルな知識がベースにあれば、「そろそろあの部位に症状が出るかもしれない」と先回りして予測し、より的確な緩和ケアへとつなげていくことができるはずです。
平本 そうなんです。以前、「免疫チェックポイント阻害剤を使用している患者さんにオピオイドなどの特定の鎮痛薬を使うと、生命予後が悪化する」という論文が出たことがありました。当時は選択バイアスの影響ではないかとも言われていましたが、実際になぜそうなるのかという生物学的なメカニズムを明確に説明できなくなっているんです。
一方で、緩和ケアの視点から腫瘍学を捉え直すことも重要だと思っています。例えば、最近発表された膵がんの二次治療におけるダラキソンラシブの第III相試験では、従来の化学療法と比較して生命予後の大きな改善が示され、非常に注目を集めました。私が特に注目したのは、生存期間の延長だけでなく、患者さんが報告する疼痛やQOLの悪化までの期間についても、延長が示されたことです。
つまり、がん薬物療法の意義は、単に生命予後を延ばすことだけではありません。がんの進行を抑えることで、痛みなどの症状が悪化する時期を遅らせ、患者さんが自分らしく過ごせる時間を支えるという、緩和ケアとしての側面もあるのです。

在宅医療のエビデンス構築と人材育成|研究する姿勢を次世代へ
鶴田 本日は多岐にわたる貴重なお話を本当にありがとうございました。
私が腫瘍内科医の道を歩み始めたのは2013年なのですが、2003年ご卒業の平本先生はちょうど10年先輩にあたります。私が若手医師だった頃に必死になって勉強していたエビデンスの数々を、まさに平本先生ご自身が第一線で構築されてきたのだと今日改めてお聞きし、一人の医師として本当に胸が熱くなりました。

平本 ありがとうございます。 私自身、まだ正解のない領域を手探りで進んでいく中で、物事を多角的に捉える視点の大切さを現場から学んできました。だからこそ、私がこれまで培ってきた自らエビデンスを構築していく姿勢や探求するマインドを、これからの時代を担う若い先生方へしっかりとバトンタッチしていくこと。それこそが、医療の未来に向けた私の一番の役割だと思っています。
鶴田 現場で培われたそのマインドを次世代へどう継承していくかというのは、これからの医療における大きなテーマですよね。私たちが若手の頃は、先輩の背中を見て、時には厳しく指導されながら体当たりで学んだものですが、今はもうそういう時代ではありません。 若い世代には彼らに寄り添った、今の時代に合う柔軟な伝え方が我々にも求められていると痛感します。
平本 そうですね。 私たちの熱量をそのままストレートにぶつけてしまうと、若い先生たちは少し引いてしまうかもしれませんからね(笑)。だからこそ、あまりこちらから熱く語りすぎず、肩肘張らずに「こういう見方もあるよ」と、ひとつの視点として緩やかに受け取ってもらえたら一番嬉しいですね。
鶴田 時代が変わり、これからどれだけAIが医療の現場に入ってきたとしても、平本先生が自ら築き上げてこられたエビデンスと、その根底にある多角的なマインドが決して色褪せることはありません。それは次世代を担う医師たちにとっても、これからの日本の医療全体にとっても、間違いなく確固たる財産になるはずだと思っています。
本日は大変有意義なお話をいただき、本当にありがとうございました。
平本 こちらこそ、ありがとうございました。
鶴田 さて、次回は腫瘍内科の領域から少し離れまして、循環器領域の先生をゲストにお迎えする予定です。重症心不全の在宅管理や、新たな新薬がもたらす現場の変化などについて、最前線のリアルなお話を伺いたいと思います。次回もぜひご期待ください。
ピースホームケアクリニック理事長・平本秀二先生|経歴・専門資格

医療法人平和の森 ピースホームケアクリニック
〒520-2132 滋賀県大津市神領三丁目11番7号
TEL:077-548-7663 / FAX:077-548-7665
WEB:https://peace-clinic.jp/
採用情報: ❏ 常勤医 ❏ 非常勤医
TEL:077-548-7663 / FAX:077-548-7665
WEB:https://peace-clinic.jp/
採用情報: ❏ 常勤医 ❏ 非常勤医
経歴:
2003年 大阪市立大学 医学部卒
2003年 洛和会音羽病院 研修医
2008年 大津赤十字病院 消化器科
2011年 三菱京都病院 腫瘍内科
2013年 国立がん研究センター中央病院 消化管内科
2014年 三菱京都病院 腫瘍内科・緩和ケア内科
2020年 神戸大学大学院 経営学研究科修了(MBA)
2021年 ピースホームケアクリニック設立
2025年 滋賀医科大学医学部非常勤講師 博士(医学)
現在に至る
2003年 洛和会音羽病院 研修医
2008年 大津赤十字病院 消化器科
2011年 三菱京都病院 腫瘍内科
2013年 国立がん研究センター中央病院 消化管内科
2014年 三菱京都病院 腫瘍内科・緩和ケア内科
2020年 神戸大学大学院 経営学研究科修了(MBA)
2021年 ピースホームケアクリニック設立
2025年 滋賀医科大学医学部非常勤講師 博士(医学)
現在に至る
資格・学会:
日本内科学会 総合内科専門医
日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医・指導医
日本緩和医療学会 緩和医療指導医
米国内科学会上級会員(Fellow of the American College of Physicians)
日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医・指導医
日本緩和医療学会 緩和医療指導医
米国内科学会上級会員(Fellow of the American College of Physicians)
鶴田クリニック理事長・鶴田展大先生|経歴・専門資格

医療法人展大会 鶴田クリニック
〒810-0044 福岡県福岡市中央区六本松4-11-26-2F10号
TEL:092-791-7891 / FAX:092-791-7892
WEB:https://www.tsuruta-cl.com/
TEL:092-791-7891 / FAX:092-791-7892
WEB:https://www.tsuruta-cl.com/
経歴:
2013年 久留米大学医学部 卒業
2013年 国立病院機構 九州医療センター
2015年 九州大学病院
2019年 国家公務員共済組合連合会 浜の町病院
2021年 独立行政法人国立病院機構 九州がんセンター
2022年 医療法人田クリニック みんなの福岡クリニック 院長就任
2023年 鶴田クリニック開院
現在に至る
2013年 国立病院機構 九州医療センター
2015年 九州大学病院
2019年 国家公務員共済組合連合会 浜の町病院
2021年 独立行政法人国立病院機構 九州がんセンター
2022年 医療法人田クリニック みんなの福岡クリニック 院長就任
2023年 鶴田クリニック開院
現在に至る
資格・学会:
日本内科学会 内科認定医
日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医
日本内科学会
日本臨床腫瘍学会
日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医
日本内科学会
日本臨床腫瘍学会
本記事は、鶴田展大先生と平本秀二先生による、これからの在宅医療を考える対談シリーズの第2回です。
第1回の鶴田先生の開業とクリニックづくりに続き、今回は平本先生の歩みを通じて、がん治療と緩和ケアを一体として捉える視点や、患者さんの希望を支える病院と在宅の連携についてお話しいただきました。さらに、在宅医療の可能性を広げるためのエビデンスや医療倫理、次世代への学びの継承にも議論が及びました。
今後は、両先生の対談を軸に、さまざまな領域の専門家も交えながら、在宅化学療法をはじめとする治療の実践や、安全な提供体制、地域連携、標準化に向けた課題を考えていきます。次回は循環器領域の先生をゲストに迎え、重症心不全の在宅管理や、新たな治療薬がもたらす現場の変化について伺う予定です。
現場の実践と専門領域の知見をつなぎ、患者さんの生命と生活を支える在宅医療の未来を探る本シリーズ。今後の対談にもぜひご注目ください。
第1回の鶴田先生の開業とクリニックづくりに続き、今回は平本先生の歩みを通じて、がん治療と緩和ケアを一体として捉える視点や、患者さんの希望を支える病院と在宅の連携についてお話しいただきました。さらに、在宅医療の可能性を広げるためのエビデンスや医療倫理、次世代への学びの継承にも議論が及びました。
今後は、両先生の対談を軸に、さまざまな領域の専門家も交えながら、在宅化学療法をはじめとする治療の実践や、安全な提供体制、地域連携、標準化に向けた課題を考えていきます。次回は循環器領域の先生をゲストに迎え、重症心不全の在宅管理や、新たな治療薬がもたらす現場の変化について伺う予定です。
現場の実践と専門領域の知見をつなぎ、患者さんの生命と生活を支える在宅医療の未来を探る本シリーズ。今後の対談にもぜひご注目ください。
よくある質問|在宅医療・がん治療・緩和ケアについて
Q1. 緩和ケアは、がんの治療が終わってから受けるものですか?
A. 緩和ケアは、がんと診断されたときから、治療と並行して受けられます。痛みや息苦しさなどの身体的な症状に加え、不安や気持ちの落ち込み、生活上の困りごとにも対応し、患者さんとご家族を支えます。つらさを我慢せず、主治医や看護師に相談することが大切です。
Q2. 自宅でも、がんの痛みや不安に対する緩和ケアを受けられますか?
A. 自宅でも緩和ケアを受けられます。訪問診療や訪問看護などを利用し、痛みをはじめとする症状への対応や、療養生活の支援を受けながら過ごすことができます。自宅での療養を希望する場合は、必要な医療や支援について、病院の担当者と在宅医療のスタッフに相談しましょう。
Q3. 在宅医療を利用すると、病院とのつながりはなくなりますか?
A. 在宅医療は、がんの診療を担う病院と、訪問診療を行う医療機関などが連携して支えます。在宅医療を始めることが、病院とのつながりを終えることを意味するわけではありません。病院と在宅それぞれの役割や、必要な診療をどこで受けるかについて、担当の医療者と確認しましょう。
Q4. がん患者が在宅医療を希望する場合、まずどこに相談すればよいですか?
A. まずは、現在かかっている病院の主治医や看護師、医療ソーシャルワーカーに希望を伝えましょう。地域連携室や退院支援の担当部署でも相談できます。また、がん相談支援センターでは、療養場所や訪問看護の利用、ご家族の不安などについても相談できます。
Q5. 本人と家族で、がん治療や療養場所についての希望が異なるときはどうすればよいですか?
A. それぞれが何を大切にし、何に不安を感じているのかを、医師や看護師なども交えて話し合うことが大切です。本人・家族だけで抱え込まず、がん相談支援センターを利用する方法もあります。相談員に気持ちや状況を整理してもらいながら、話し合いを進めることができます。
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