1. おうちde医療
  2. >
  3. 在宅医療コンテンツ
  4. >
  5. 訪問診療クリニックをゼロから作った女性事務長【第1回】齊藤祐希事務長に聞く、院長との関係・組織づくり・在宅医療DX

訪問診療クリニックをゼロから作った女性事務長【第1回】齊藤祐希事務長に聞く、院長との関係・組織づくり・在宅医療DX 最終更新日:2026/10/26

訪問診療クリニックをゼロから立ち上げ、地域の在宅医療を支える女性事務長たち。医療職ではない立場から、どのように院長やスタッフとの信頼関係を築き、組織を育ててきたのでしょうか。
新連載「訪問診療クリニックをゼロから作った女性事務長」では、クリニックの立ち上げや経営、組織づくりに携わってきた女性事務長のリアルに迫ります。
第1回は、沖縄県石垣島のぬちぐすい診療所・川崎文香事務長が聞き手となり、静岡市の中之郷クリニック・齊藤祐希事務長にインタビュー。院長との理想的な関係、多職種連携、組織拡大、在宅医療DX、そして事務長の新しい働き方まで、実践経験から生まれた知見と、2040年を見据えた地域医療の未来を語ります。

訪問診療クリニックの事務長の役割とは?院長との理想的な関係と経営への関わり方

川﨑 先日はご家族揃って石垣島に来ていただき、本当にありがとうございました!お子さんも元気いっぱいで、自然の中でたくさん遊んで満喫されたのではないかなと思っています。
齊藤 こちらこそ、ありがとうございました!最高な時間でした。ただ、貴院で子どもがにぎやかで、私自身が会話に集中しきれなかったのが少し心残りでした(笑)。
川﨑 いえいえ、ご家族の大切なご旅行でもありましたから。
普段、齊藤さんの発信を拝見していたり、こうしてお話ししたりしていると、同じ「事務長」という立場で非常に共感することが多いんです。私たちのように医療の技術を学んできた専門職ではない立場から、どのようにクリニックを支え、中核的な存在として歩んできたのか。本日はぜひ、そこを掘り下げていきたいと思っています。
齊藤 よろしくお願いします。
川﨑 一言で事務長といっても、在宅医療クリニックの規模や院長先生のタイプによって、役割は全く異なりますよね。正解がないからこそ面白い仕事でもありますが、まずは齊藤さんの立ち位置や、院長先生との距離感について教えていただけますか?
齊藤 私が普段いる中之郷クリニックの院長との関係は、少し特殊かもしれません。院長は法人理事長でもあるのですが、彼自身はあまり日々の診療の最前線には立っていないんです。他の常勤医師たちの管理者として見守りつつ、医師のワークライフバランスを保つためのヘルプが必要な時に診療に出る、というスタンスですね。
川﨑 現場の第一線というよりは、全体を俯瞰して見守る立場にいらっしゃるのですね。その中で、齊藤さんとはどのような役割分担をされているのでしょうか?
齊藤 以前、院長本人が言っていたんですが、「院長が天皇だとしたら、齊藤さんは総理大臣」というような関係性なんです。ほとんどの業務を私に任せてくれていますが、最終的な責任を取れるのは医師であり経営者である彼だけです。そこはドンッ!と構えてくれていて、基本的には私に好きにやらせてくれる関係性ですね。問題があればスピーディーに話し合って解決しますが、日常的には一定の距離感を保ちながら報連相しています。
川﨑 お互いの信頼関係があってこその、素晴らしい距離感ですね。ただ、「事務長」という名称って少し不思議じゃないですか?民間企業からこの業界に移ってきた私としては、「事務」という言葉の範囲にずっと違和感があって。総務、経営企画、法務、労務など、医療以外の組織運営に関わるすべてを担っているのに、名前は「事務長」のままなんですよね。
齊藤 いや、本当にそうなんです!私も名乗りたくないくらいで(笑)。実態としてはCOO(最高執行責任者)ですよね。「経営運営責任者」くらいにしてほしいなと常々感じています。業務の比重と名称が全く合っていませんよね。
川﨑 だから当院では『経営企画室』という部署を独立させて、経営戦略や組織づくり、財務・行政交渉などは経営企画室で担い、事務長としての役割は受付やレセプトといった現場の医療事務マネジメントに特化させる形に切り分けたんです。専門性を分離することで、現場も経営もそれぞれがプロとして意思決定を最大化できると考えています。
齊藤 私も「事務長」って名前を変えるアクション、起こそうかな(笑)。本当にそこは日々痛感しています。
川﨑 ぜひ一緒に変えていきましょう(笑)。
ぬちぐすい診療所にて

医療知識ゼロからの挑戦|訪問診療クリニックの事務長が実践するチームづくりと多職種連携

川﨑 クリニックを開業した当初、組織がまだ小さかった頃のお話もぜひ伺いたいです。初期フェーズでチームを作っていくとき、目指す方向の共有などで苦労されるクリニックは多いですよね。齊藤さんは非医療職という立場で、現場の医療スタッフの皆さんと信頼関係を築くために、どのような工夫をされて壁を乗り越えてこられたのでしょうか?
齊藤 14年前、この医療業界に入ってきたときは本当に右も左も分からない素人で、医師や看護師が何を言っているのかすらチンプンカンプンでした。そんな状態ですぐに事務長をやらなければならず、最初は戸惑いましたね。
中でも一番の壁を感じたのは、以前いた別の院長とのやり取りです。レセプトの提出期限が迫っているのに、なかなかチェックを始めてくれなくて。いざ取り掛かっても、細かいところが気になり出して何時間もかかってしまうこともありました。私はただ待って、修正された箇所をパソコンで打ち直す作業しかできず、連日深夜まで拘束され、「なんて無駄な時間なんだろう……」とモヤモヤしていたんです。
川﨑 ただ待つしかない時間は、非常にもどかしいですよね。そこからどう状況を変えていったのですか?
齊藤 「だったら、私がレセプトを見られるようになればいいじゃないか」と思い、そこからレセプトを勉強し始めました。すると、最初は算定だけだったのが、だんだんと薬のことが分かり、病名が分かり、病態や治療方針が分かるようになっていって。そこからさらに診療報酬や在宅医療の複雑な制度へと、知識の枠がどんどん広がっていきました。自分が理解できることが増えていくのが、ただただ楽しくて。その結果、医師の治療方針が理解できるようになり、看護師さんからの相談にも、指示は出せないまでも同じ目線で共有できるようになったんです。
川﨑 事務という枠を超えて、ご自身から医療へ歩み寄りをされたのですね。それが結果的に、今のチームビルディングの礎になっているのでしょうか。
齊藤 まさにその通りです。チームビルディングの第一段階として私が最も意識しているのは、「事務スタッフの医療知識を高めること」なんです。 クリニックの「あるある」として、看護師と事務スタッフの衝突ってよく耳にしませんか? 事務は「診療報酬のルールを守ること」にプライドを持ち、看護師は「現場の患者さんが困らないこと」に注力しています。それぞれ責任感が強いからこそ、見ている方向が違ってすれ違ってしまうんですよね。
川﨑 すごくよく分かります。現場と事務の間に溝ができてしまうことは、医療機関における大きな課題の一つですよね。
齊藤 ええ。でも、もし事務スタッフが臨床的なことや薬、医療資材、介護サービスのことまでしっかり勉強していれば、どうでしょう。事務も看護師も医師も、「この患者さんのために、一緒にどう舞台を整えていくか」という共通の視点に立てるはずなんです。 在宅医療で有名な「たんぽぽ先生」がおっしゃった「医療者の無知は罪だ」という言葉に、私は強く共感しています。そして、その「医療者」の中には、私たち事務職も含まれています。事務が勉強して知識を高めることが、結果としてクリニック全体の診療の質を押し上げることにつながる。そう意識しながら日々取り組んでいます。
川﨑 お話を伺って、とても腑に落ちました。責任と権限が違っても、根底にある「患者ファースト」という理念で突き抜けていれば、お互いの意見がぶつかったときも「どちらが正しいか」という二元論に陥りませんよね。常に患者さんという原点に立ち返ることで、チームとしての議論が次元上昇していくのだなと、強く感じました。当院でもまさに今、医療事務チームが単なる手続き処理にとどまらず、臨床背景や制度の意図まで深く理解する『現場に伴走できる経営・医療事務スペシャリスト』へのアップスキルに取り組んでいます。この方向性で間違っていないと背中を押してもらえた気がします。

訪問診療クリニックの組織拡大と医師のマネジメント|複数医師を支えるプラットフォーム型経営

川﨑 これまでのお話を伺っていると、齊藤さんが十数年にわたり在宅医療に携わってこられた中で、本当にさまざまな山を乗り越えてこられたのだなと感じます。
どのクリニックもそうだと思うのですが、最初は医師1人の体制からスタートすることが多いですよね。最初は院長個人の経験やカリスマ性に頼り、身を削って頑張るフェーズがありますが、そこからもう1人、2人と中核となる医師を迎えて組織をスケールさせていく段階には、すごく大きな壁があると思っています。 中之郷クリニックでは、この組織が大きくなるターニングポイントをどのように乗り越えられたのでしょうか? 新たな風が入ることで、組織に亀裂が入ったりするような修羅場もあったりしたのかなと、リアルなところもぜひ伺いたいです。
齊藤 そうですね。実は医師1人体制だった頃から、院長と私の中には「このクリニックをプラットフォームのような形にしよう」という構想があったんです。所属としては当院に雇用されている勤務医なんだけれども、それぞれの先生が「自分のクリニックの院長」のような感覚で働ける環境にする。中之郷クリニックはあくまで本部機能として存在し、あとはそれぞれの先生の裁量で動いてもらうスタイルでいこう、と決めていました。
武藤隆志理事長(右)とともに
川﨑 クリニック自体を、先生方がご自身の強みや関心を元に活躍するための土台にするようなイメージですね。
齊藤 ええ、まさにそうです。というのも、常勤医師が「2人体制」になった途端にうまくいかなくなるクリニックをこれまでたくさん見てきたんですよ。「2」という数字は人間関係のバランスが難しくなるのかなと思っていて。たまたま当院では常勤医師が2人という期間がなく、1人から一気に3人体制に増えたんです。
川﨑 一気に3人ですか! それはかなり大きな変化ですね。
齊藤 そうなんです。新しく入職した医師の中には、有名な緩和ケアの先生もいたのですが、その先生はだいぶ自立していて。一人で診察に向かい、すべて完結できる人だったので、当院は本当に本部機能として事務的なサポートに徹するだけでした。それに対し私は、それぞれの先生が運営するクリニックの「事務長」としてサポートに回るような感覚ですね。 先生同士も必要な時にはカンファレンスをして情報共有しますし、皆さん年齢も近くて仲が良いと思うのですが、基本的には外に出ているので顔を合わせる機会はそれほど多くありません。だからこそ、このクリニックの事務所が、みんなの帰ってくる「終着駅」や「プラットフォーム」として機能している、この形が経営上ベストなのかなと思っています。
川﨑 なるほど。医師それぞれが独立・分散して働きつつも、ちゃんと機能しているのですね。
齊藤 はい。人間関係の摩擦を和らげる意味でも、非常勤の方も含めて人員は多い方がいいと考えています。これは訪問看護ステーションの方々にもよくお話しするのですが、ギリギリの人数で回して「1人辞めたら終わり」という状態をキープし続けるのは避けた方がいいですね。ただ、こういった自由度の高い体制を許容するには、理事長や院長の理解が不可欠です。看護師さんは組織立って動くのが得意な傾向がありますが、医師はそれぞれが独立した指揮官のような存在ですから、当院のスタイルは少し特殊かもしれませんね。
川﨑 同じ医療資格を持っていても、目指す山頂(患者さんの治療)への「登り方」は先生ごとに違うアプローチがありますもんね。ある程度責任を持って登ってくれれば、どんなルートでもいいよと任せている状態なんだなと理解しました。
齊藤 おっしゃる通りです。ただ、ガイドラインをしっかり重視して診療できる先生ばかりなので、突拍子もないことをするような心配は全くありません。
川﨑 それは、採用の段階でしっかり見極められているからこそですよね。
齊藤 ええ、協調性のある方ばかりですし、そもそもそういったチームワークが取れない方は、在宅医療の現場には携われませんからね。
川﨑 確かにそうですね。 ただ、そうやって独立して動かれているとなると、夜間のオンコールや往診の対応はどうされているのですか? それぞれの患者さんの状態を、カルテを通じて全員で把握したり、重症な方の場合は申し送りをしたりしているのでしょうか?
齊藤 オンコールについては、非常勤も含めて8名ほどの医師でシフトを組んで、毎日必ず誰かが対応できるようにしています。
ただ、基本は主治医制なので、柔軟な連携もしています。たとえば、「今日はA先生がオンコールの担当だけれど、B先生の受け持ち患者さんが急変した」という場合、ルール通りA先生が向かうこともあれば、もしB先生が動ける状況なら、担当日ではなくてもB先生が駆けつけることもよくあります。「この患者さんは近いうちにお看取りになりそうだ」といった重要な情報は、事前に院内のチャットツールでしっかり共有できる体制ができているんです。
川﨑 絶妙な塩梅と連携具合ですね!当院でもICTやクラウドツールを活用した迅速な情報共有を徹底していますが、地理的ハードルがある離島や在宅の現場こそ、テクノロジーによる自律分散型のチーム構築が不可欠だと実感しています。マニュアルでガチガチに縛るのではなく、カルチャーとツールで繋がるプラットフォーム型組織は、これからの地域医療の標準モデルになりますね。
中之郷クリニック

在宅医療DXで医療事務を効率化|請求業務のデジタル化が医療の質を高める理由

川﨑 「テクノロジーがなければ今の在宅医療は無理だ」というお話が出ましたが、本当にその通りだと思います。 齊藤さんが事務長になられた当初、レセプト業務はまだ紙だったのでしょうか?
齊藤 はい、当時は紙でしたね。
川﨑 私が医療業界に入った時にはすでにすべて電子化されていたので、紙時代の苦労は想像を絶します。効率化やシステムの導入という点では、齊藤さんご自身でも「CareHub」という在宅医療の請求事務に特化したDXサービスを開発されていますよね。
ただ、いくら便利なツールであっても、現場に導入して文化として定着させるまでには、さまざまな苦労があるのではないでしょうか。システム化を進める中で、事務長としてどのような役割を果たしてこられたのか、具体的なエピソードがあればぜひ伺いたいです。
齊藤 そうですね。請求書のデジタル化・ペーパーレス化を進める「CareHub」を展開してみて実感しているのは、実は「患者さんに導入していただくよりも、クリニック側に導入してもらう方がはるかに大変だ」ということです。
CareHubホーム画面
川﨑 クリニック側の方がハードルが高いのですか?
齊藤 はい。医療機関側に「高齢者なんだから紙の請求書を出して当たり前」「印鑑を押して、郵送して当たり前」という固定観念が根強く残っているんですよね。 それに加えて、事務スタッフ自身も「今のやり方が大変でも、新しいものに変えたくない」という現状維持のマインドを持っていることが多いんです。
川﨑 なるほど。新しいシステムへのアレルギーというか、慣れ親しんだ業務フローを変えることへの抵抗感ですね。
齊藤 おっしゃる通りです。でも実際には、患者さんやご家族からは「大量の紙の請求書が来なくて助かる」「Web管理の方が楽でいい」という声をたくさんいただいているんです。それなのに、クリニックの事務スタッフ側が未だに困惑してしまっているケースがいくつもあります。 結局のところ、新しい「仕組み」だけを入れてもダメで、「人」の意識も両方変えていかなければならないんですよね。
川﨑 人の意識を変えるというのは、一朝一夕にはいかない一番難しい部分ですよね。
齊藤 そうなんです。私がこのシステムを開発したのは、決して「事務スタッフの仕事を奪うため」ではありません。印刷や封入、郵送といった単純作業はテクノロジーに任せて、浮いた時間を「本来の医療現場を支える仕事」に適切に使いましょう、というメッセージなんです。事務スタッフが何をやるべきかと言えば、先ほどお話しした「勉強」ですよね。知識をつけて、患者さんが困らないように医療者と一緒に伴走する。そこに時間を使うからこそ、クリニック全体の医療の質が上がっていくのだと、今まさに現場で教育している真っ最中です。
川﨑 非常に興味深いです。 在宅医療クリニックを立ち上げた時から私も強く感じていたのですが、全国に何万とある在宅クリニックが、それぞれバラバラなシステムを入れて独自に業務を積み上げている現状は、業界全体で見ても非効率ですよね。 在宅医療はすでに地域インフラに近いものなので、「これが標準です」と言えるようなツールがもっと普及していってもいいのではないかと痛感しています。
齊藤 電子カルテ情報共有サービスも当初の予定から遅れております。カルテやレセコンのシステムが無数にありすぎることも要因の一つだと思います。
川﨑 自由経済とはいえ、大元となっている財源は社会保障費ですから、もっと国全体で効率化を考えた方がいいですよね。なんだか、事務長同士で日本の未来に関わるような、すごく壮大な話になってきましたね(笑)。
齊藤 私、本気で考えていますよ(笑)。私たちが関わっている在宅医療は、間違いなく日本の未来そのものですから。壮大な悩みを抱えながら、日々眠りについています(笑)。
川﨑 それだけ社会的意義の大きい大事な仕事だということですよね。

訪問診療クリニックの事務長に必要なスキルとは?経営視点と新しい働き方

川﨑 ここからは少し普遍的なテーマになるのですが、これから訪問診療クリニックの事務長になろうとしている方や、私たちのように医療の外の世界から飛び込んでくる方たちに向けてのお話も伺いたいです。「まずはここを目指して進んでいけば大丈夫だよ」と、羅針盤になるようなメッセージやアドバイスがあれば教えてください。
齊藤  そうですね。やはり医療業界はすごく独特で、独自のルールや慣習がたくさんあります。職種によってそれぞれ違った価値観や仕事への考え方を持っていますしね。そんな環境の中で事務長は、経営、人事、労務、請求から、業務改善、システム導入、多職種連携、外部との交渉まで、本当に幅広い仕事を担うことになります。昨日まで全く知らなかったことを、「今日どうにかして解決しなきゃいけない!」という場面の連続なんですよ。
川﨑 本当にそうですよね。毎日が新しい課題との直面というか。
齊藤 ええ。もちろん、ドクターたちとのコミュニケーション能力も不可欠です。クリニックは先生1人の力だけでは成り立ちません。スタッフが安心して楽しく働けて、地域としっかり繋がり、業務がスムーズに回って初めて経営が成り立ちます。
事務長というのは、その「仕組みを作る人」なんです。だからこそ、どういう雇用形態で関わっているかに限らず、「自分の会社だ」と思うくらいの経営者マインドを持って取り組まないと、務まらない仕事だと思っています。中途半端な気持ちではできないですね。
川﨑 経営マインド、絶対大事ですよね。
ある程度組織が大きくなったクリニックに後から雇われた事務長さんや、「医療事務の延長線上です」というような限られた領域からスタートされる方もいらっしゃると思います。また、看護師さんが事務長を兼務されているケースも聞きますよね。医療現場の事情がよく分かるからこその強みも当然あると思うのですが、せっかく事務長というポジションに就いたからには、「経営とは何か」という部分を少しずつ紐解いていってほしいなと思います。そうやって自分なりに活躍できるフィールドをぐっと広げていくことが、その人自身のキャリアにとっても、クリニックの将来の成長にとってもプラスになるはずだと、お話を伺っていて強く共感しました。
齊藤 だから、「(医療のことは)分からない」はダメなんですよね(笑)。
当然、医師と同じように指示を出すことはできませんが、「なんとなくこういう展開になるな」という想定をしっかり持って様々なことに取り組まなければいけません。そのためには医療知識も含めて全部必要になってきます。 特に、診療報酬の算定ができない事務長はダメですよ。数字が分かっていなければ経営の全体像なんて絶対に見えませんから。
川﨑 本当にそう思います。
齊藤 だから、これから目指す方に向けて、あんまり手放しで「楽しい仕事だぞ!」とは言えないかもしれないです(笑)。「全部やるんだよ」っていう覚悟を伝えたくなります。
川﨑 まさに、「診療のど真ん中以外はすべてだ」と思った方がいいということですよね。
齊藤 そうそうそう! 「診療のど真ん中以外」。すごくいい表現ですね。
川﨑 例えば処方について、査定の観点からは意見できても、「今の症状ならこっちの薬でしょう」と治療方針に口を出すことはまずありませんよね。そこを必死に勉強する必要はないと思うんです。逆に言えば、薬の処方や検査、入院の適応判断などの「本当の医療のど真ん中」以外のことは、全部自分が把握して切り盛りしていくんだという姿勢ですね。ただ、クリニックの現在のフェーズや、その人がジョインした時の条件もそれぞれ違うので、自分の置かれた環境に合わせてコツコツそこを目指していってもらえればと思います。
ぬちぐすい診療所
齊藤 ただ、これだけ幅広い知識と経験が求められるからこそ、これからの働き方は少し変わっていくのかなとも思っています。今、レンタル事務長や事務長兼務といった働き方が出てきていて、私自身もそういった形で関わることがありますが、優秀な事務長が1つのクリニックの専属で留まるのは難しくなってくるんじゃないかなと。要はコンサルティングのような働き方ですよね。
川﨑  実際、そういう流れはありますよね。
齊藤 1つのクリニックで事務長を経験して得た知識って、本当に膨大すぎるんです。せっかく得た知識なのだから、1つの場所にとどまらず、もっと別の人の役に立てるようにシェアしていくべきだと思っています。 私が開発した「CareHub」も、最初は自院の請求業務が大変だったからとりあえず作ろうと思ったのがきっかけでした。でも、「どうせ作るなら他のクリニックも助かる形にしたい」と思ったんです。単に儲けたいわけではなく、在宅医療を支えるインフラの一部として、全国の皆さんに役立ててほしいという思いでやっています。

2040年の在宅医療を支える地域連携|訪問診療クリニックが競合から協業へ転換する未来

川﨑 さて、最後は少し視野を広げたお話を伺いたいと思います。
私がいる石垣島などの離島は、まだこれから本格的な高齢化社会を追いかけるような状況ですが、齊藤さんは超高齢社会の真っただ中である人口集積地で在宅医療を展開されています。 単に医療を届ける場所という役割を超えて、クリニックが今後どのように変わっていくべきか。中之郷クリニックが描いている未来のビジョンや、齊藤さん個人の挑戦について教えていただけますか?
齊藤 少し真面目な医療政策のような話になってしまうかもしれませんが。国が目指す方向として、急性期病院の数は今後集約されていく流れにあります。その中で、ピークとなる2040年に向けて、在宅医療が担うべき役割はますます大きくなっていきます。地域の重要なインフラとして、地域を支え続けなければいけないんですよね。
川﨑 大きな社会的責任を担っていくことになりますね。その中で、在宅医療クリニックの在り方はどうなっていくとお考えですか?
齊藤 医療施設の機能分化はもちろんですが、在宅医療クリニック同士の関係性も変わっていくべきだと思っています。これからの在宅医療機関同士は「競合(コンペティター)」ではなく、「協業(アライアンス)」であるべきなんです。
10年ほど前、現コーラルクリニックの院長であり日本在宅医療連合学会の理事も務められている石垣先生とお話しした際、「これからの在宅は競争じゃない、協力してやっていこうよ」とおっしゃっていて、その言葉がずっと胸にあります。
川﨑 「競合ではなく協業」。とてもしっくりくる言葉ですね。
齊藤  ええ。制度上の機能強化型を組んでいるかどうかにかかわらず、地域のクリニック同士が日常的にもっと助け合える仕組みをつくりたいんです。例えば夜間のオンコールも、先生が1人で抱え込んで頑張るには限界があります。そういった負担を地域のクリニック同士でシェアし合い、地域全体の在宅医療の質を高めていく。自分が間に立つことで、そういった横の繋がりの潤滑油になれたら嬉しいなと常に考えています。
川﨑 医療において「競合」という観点が馴染まないのは、私も心から同感です。
石垣島のような離島は、資源が限られているからこそ『協業』を行わなければ医療崩壊が起きるという、日本の2040年問題を先取りしている環境なんです。お隣のクリニックと資材を融通し合ったり、お互いの休診時に入り組んでカバーし合ったりすることも。競合ではなく『地域という一つの大きな病院』として共に患者さんを守るというアライアンスの理念は、私たちが石垣島でリアルに実践しこれからも広げていきたい在り方です。
齊藤 島だからこそ実現できている、素晴らしいアライアンスの形ですよね。みんなで仲良く楽しく、協力し合って医療を支えていけばいいじゃないかって、純粋にそう思うんです。結果、それが地域医療のレベルの底上げになるんじゃないかと考えてます。
川﨑 本当にそうですね。医療はマーケット理論だけで切り刻めるものではありません。ビジネスのフレームワークやDXの知見は組織を強固にするために徹底的に活用すべきですが、その目的はあくまで『地域の暮らしと生命を守り続けること』。利益の最大化のみを追う過度なビジネス主義から現場と医療の質を守り、持続可能な経営基盤を作る。これこそが、私たち民間企業出身の事務長・経営幹部が果たすべき本当の社会的使命ですね。
齊藤 おっしゃる通りです。資本主義の仕組みの中で起きてしまう歪みから医療を守るためにも、現場と経営を繋ぐ事務長の役割は大きいです。全国の事務長ともアライアンスを組んで、知見を共有できたらさらに楽しそうですよね。
川﨑 それはすごくワクワクしますね! では最後に、これから事務長を目指す方や、この業界でクリニックを支えていきたいという想いを抱いている方たちへ、この仕事の魅力について齊藤さんからメッセージをお願いできますか?
齊藤 そうですね。在宅医療という地域のインフラを整え、仕組みをより良いものに変えていく。そこには、他では味わえない大きなやりがいがあります。医療業界はまだまだIT化が遅れていたり、変化を起こしにくい側面があったりしますが、だからこそ「そこで何か革命的なことをやってみたい!」という高い熱意を持った方にとっては、非常に魅力的なフィールドだと思います。私も「CareHub」という仕組みを通じて、全国の在宅医療の役に立っていきたいと強く思っています。
川﨑 力強いお言葉、ありがとうございます!まだまだお話ししたいことは尽きませんが、今回はこのあたりで締めくくりとさせていただきます。 実はこの対談、連載企画となっておりまして、次回は攻守交替。齊藤さんから私に色々と質問していただく回となります。
齊藤 はい。次回はぜひ私から、石垣島という特殊な環境で最先端の地域アライアンスを実現されている「離島ならではのリアル」や、川崎さんのこれまでの歩みについて、さらに深く掘り下げてお聞きしたいと思います。
川﨑 今からドキドキしますが、お手柔らかにお願いします(笑)。本日は本当にありがとうございました!
齊藤 こちらこそ、次回もどうぞよろしくお願いいたします!

齊藤祐希事務長の経歴・プロフィール|静岡市・中之郷クリニック/Inter deV.

齊藤祐希代表のプロフィール

経歴:

2010年 カリフォルニア州立大学ロングビーチ校卒業
2012年 中之郷クリニック開業(事務長)
2013年 株式会社Inter deV.創業
現在に至る 

資格・学会:

社会福祉士
日本緩和医療学会

川﨑文香事務長の経歴・プロフィール|石垣島・ぬちぐすい診療所

川﨑文香事務長のプロフィール

経歴:

2009年 慶應大学法学部法律学科卒業、福澤諭吉記念文明塾0期生
2009年 アクセンチュア戦略グループ
2013年 一般社団法人臨床+α設立
2015年 沖縄県移住
2019年 石垣島移住
2021年 ぬちぐすい診療所設立 事務長就任、アクセンチュア退職
2024年 日本ユマニチュード学会事務局長就任、八重山ローカルSDGs推進協議会(現やいまDAO合同会社)理事就任
2026年 医療法人仁結会設立 理事就任
現在に至る
訪問診療クリニックの立ち上げから経営、組織づくりまで、現場を支える女性事務長たちのリアルに迫る連載企画。事務長同士の対談を通じて、成功体験だけでなく、直面した課題や葛藤、そこから得た学びや工夫を共有します。第1回は川崎文香事務長が齊藤祐希事務長に、第2回は齊藤事務長が川崎事務長にインタビュー。第3回ではお二人が在宅医療の未来を語り合い、第4回以降は新たなゲストを迎えて展開する予定です。
関連記事
訪問診療クリニックの請求業務をDX化|ペーパーレスで業務効率化を実現する「CareHub」
静岡で在宅医療の仲間を募集|中之郷クリニックが語る医師採用と働きやすさ
ぬちぐすい診療所インタビュー|石垣島・八重山諸島で訪問診療、認知症相談、医食同源の地域医療を支える
川崎恭兵理事長インタビュー|ぬちぐすい診療所が石垣島・八重山諸島で取り組む訪問診療と地域医療
関連リンク: